photo by Camille Vivier

僕の人生の半分は過ぎ去った──そんなフレーズで始まるPerfume GeniusことMike Hadreasの新作『Set My Heart On Fire Immediately』は、2017年の前作『No Shape』、シアトルのダンス・カンパニーのために書き下ろした昨年の『The Sun Still Burns Here』に続いて、三たびプロデューサー/ギタリストのBlake Millsとタッグを組んだ作品だ。

それは病弱で孤独だった青年が、ダンスを通じて自分の身体と心の繋がりを取り戻し、同時に他者との繋がりを見つけるまでの物語でもある。空を舞うような「Without You」から、地を這うような「Your Body Changes Everything」まで。過去の自分に火を点けて燃やし、1曲ごとに新しい自分に生まれ変わるような本作について、Mikeが語ってくれた。




今までは自分が心地よく隠れるための家を作ろうと思っていた
でも今は、他の人にもそこにいてもらいたい
一緒に踊りたいし、走り回りたいし、歌いたい


──まずは素晴らしいアルバムをありがとうございます! さて、あなたのディスコグラフィーは自宅録音した1st、イギリスのブリストルで録音した2ndと3rd、Blake Millsをプロデューサーに迎えてロサンゼルスで録音した4thと本作というように大きく分けられると思うのですが、そもそもBlake Millsと一緒にやるようになったきっかけは何だったのでしょう?

4作目の作曲をしていた時、かなり肉付けされたデモができていて、どんな作品に仕上げたいかというイメージが明確にあった。ノスタルジックで、温かみがあって、ギターが前面に出ていてるけれど、何かの影響を過剰に受けていたり、感化されているようなものにはしたくなかった。Blakeのギターの弾き方は彼のプロデュースの仕方と同じで、僕が求めているような要素が全て含まれている。伝統的だけれども全く新しい。親しみのある感じはある程度するけれど、その影響が何からなのかはっきりとしない。古い感じはするけれど、どの時代のものなのか明らかではない。そういう雰囲気を出したかったんだ。

──前作がリリースされた2017年にシアトルからロサンゼルスに引っ越したそうですが、やはりBlake Millsが活動の拠点にしているというのも大きかったんでしょうか?

そうだね。前作を録音した時に初めて、ロサンゼルスにしばらくの間滞在していたんだ。だから実際にロサンゼルスという街がどんな所かというのを見ることができた。ロサンゼルスについてのステレオタイプはたくさんあるけれど、その多くは実際に本当なんだよ(笑)。初めてロサンゼルスを訪れた時、そのまんまのイメージがそこにあった。ビーチっぽくて、作り込まれた安っぽい身体とか(笑)。…自分にはすごく場違いだと感じだよ。でも、美味しいお店もたくさんあって、それは良かった。食べ物が美味しい所に行くのが僕の楽しみだから(笑)。ロサンゼルスはとても奇妙で不気味な所だった。それに変わり者が多いという裏の面もあったし。とにかく、ロサンゼルスの食べ物! それが理由だね。あとはロサンゼルスには友人もいたし、僕たちと同じような創作活動をしている友人も多いから、コラボレーションもやりやすい。アルバムの曲を歌うために、僕がわざわざロサンゼルスに飛行機で行かなくて済むからね。

──Blake Millsは昨年あなたがダンス・カンパニーと共作した作品『The Sun Still Burns Here』にも参加してましたが、このプロジェクトと新作『Set My Heart On Fire Immediately』の制作は、並行して行われていたのでしょうか?

制作の時期は近かったけど、同時にはしていなかったよ。この2つのアルバムを作るということは2人で話し合っていたけれど、そのエネルギーが混ざることはなかった。最初はダンスの方に集中して、それが終わったら『Set My Heart On Fire Immediately』の制作に集中した。この2作は制作方法もとても違うからね。ダンスのアルバムは即興が多く、レイヤーをたくさん使い、実験や試行錯誤もたくさんあった。このアルバムは、ひとつの部屋にミュージシャンが集まってライブで録音する方法だったから、現場の雰囲気も全く違ったんだ。

──あなたのミュージック・ビデオではいつもダンスが重要な役割を果たしていましたが、ダンス・カンパニーとの共作で、何か得たものはありましたか?

僕が創作するアイデアやエネルギーは普段、僕一人というところから来ている。僕が一人の時にやることだった。だから自分の考えさえあれば、場所は関係なく、どこでも行うことができる。でもあのダンスは、ダンス・カンパニーのみんなと一緒でなければできなかった。その場・その瞬間にいて、それを実感し、そこにいる人たちとの繋がりや、世界との繋がり、もちろん地面との繋がりを感じ、お互いとの繋がりを感じていなければできないことだったんだ。バランスを保ったり、重心を移動したりすることも多く、とてもフィジカルというか、触覚性で身体的なものだった。そういう方法でも、僕が今まで一人で訪れていた夢の世界という存在を、その場では保つことができたんだ。今まで僕は、その世界には一人でしか行けないと思っていた。だけど他の人と一緒でも行けるし、自分の周りのものも連れて行けるし、自分の身体から逃げるのではなく、自分の身体の中にいたままの状態で行けるということが分かったんだ。それまで僕にとってダンスとは、直感的なもので、身体の限界を試すような概念的なものだった。その概念に身体がついてきていただけというような。でも今はもっと地に足が着いた感じがする。同時に、宇宙みたいな魔法の感覚は残っている。その2つが共存できるなんて知らなかった。





──昨年その『The Sun Still Burns Here』から、「Pop Song」と「Eye In The Wall」の2曲がシングルとしてリリースされましたが、他の曲のリリース予定はないのでしょうか?

あれはアルバムとして録音したものだから、本当なら全てリリースしたいよ。「Eye In The Wall」は10分の長さで、作品のために作られたんだけど、曲として作ったものなんだ。アンビエントや、ただのテクスチャだけの背景音楽にはしたくなかった。曲だけで聴いても、ずっと興味を引きつけるものであってほしいと思って作っんだ。オペラのようなイメージで作った。そこに入っている音楽は曲であり、ダンスのための伴奏ではない。ダンスと音楽には同等の価値がある。もちろんみんなには360度の全てを体験してもらいたいと思うけど、特にそれを神聖視しているわけではないし、音楽はみんなに聴いてもらうために作ったものだから。それにアルバムとしても誇りに思っている。ダンスのパフォーマンスも、アルバムの曲順で踊るんだよ。

──では今後リリースされるということでしょうか?タイミングを見ていると?

そうだね。

──先ほども話したように、プロデューサーのBlake Mills、弦楽器奏者のRob Moose、ベースのPino Palladinoといったミュージシャンたちは、前作から引き続いて参加しています。やはり前作で手応えがあって、同じメンバーでもっと掘り下げてみようと思ったのでしょうか?

Rob MooseとPino Palladinoは2人とも素晴らしい技術を持つミュージシャンなんだけど、僕は彼らを精神的にも信頼しているんだ。彼らに僕の曲を紹介してその世界観を感情的に説明すると、彼らはその世界で僕を待っていてくれる。もしくは、僕が満足するような別の世界へ連れて行ってくれる。しかも技術的にもずば抜けて良い出来になる。それ以上に求めるものはないよ! そんなミュージシャンたちと一緒に仕事ができる僕は恵まれていると思う。それはBlakeと彼の仕事の繋がりのおかげなんだ。Blakeは彼らのようなミュージシャンたちと長年仕事をしてきているから。

──今回初めて参加したドラマーのJim KeltnerやMatt Chamberlain、サックスのSam GendelといったミュージシャンもおそらくBlake Millsの紹介だと思うのですが、2人のドラマーは、どのようにパートを振り分けたのでしょう?

僕はこの2人の活動をよく知っているし、彼らは僕や、今作に影響を与えた音楽の多くでドラムを弾いている人たちなんだよ。振り分けは自然にできたよ。僕が彼らの作品を知っていて、彼らがどんな演奏をするのか分かっているからかもしれないけど、どの曲が誰に合うのかというのは感覚的に分かった。2人がひとつの曲の違う部分で参加している時もあったよ。コントロールよりも、流れの方を大切にした。サックスのSam Gendelはダンス作品の時もステージで演奏してくれたんだ。アルバムでも演奏したし、『The Sun Still Burns Here』のパフォーマンス時にも僕たちと一緒に演奏したんだよ。彼は踊ってはいないけどね。次のツアーではダンスにも参加してもらえるかもしれない(笑)。

──今年の1月にリリースされたEthan Gruskaのアルバムと本作は参加メンバーがかなり重複していますが、「On The Floor」にコーラスで参加してるEthan GruskaとPhoebe Bridgersは、どのような経緯で参加することになったのですか?

僕たちはみんな同じスタジオ(Sound City)で録音していたのさ。同じ時期に、とても長い期間。僕はアルバムを2枚作ったし、Ethanもアルバムを1枚作って、Phoebeもアルバムを1枚作った。だから僕たちは常にあの場所にいた。スタジオのサイズはそれぞれ違ったけれど、一緒にランチしたり、おしゃべりしたりしていたんだ。それに彼らとはとても仲良くなれたから。



──自分だけかもしれませんが、この「On The Floor」を聴いて、あなたと以前ツアーしていたParenthetical Girlsの「Evelyn McHale」という曲を思い出してしまいました。これは偶然でしょうか?

偶然だよ! 深いところをついてきた質問だね。僕はポップ・ソングを書きたいと思っていて、僕がティーンエイジャーの頃に聴いていて、踊りたくなるような、そして同時に悲しくなるような、ポップソングの感じを思い出しながら作った。Parenthetical GirlsのボーカルのZacとは前から友達だから、何か共通している部分があるのかもしれないけど、その曲は僕はとっさに思い出せないよ。



もし僕がずっと引き籠りがちで制作を続けて
ふと見上げた時に周りに誰もいなくなっていたら?
そして僕に残されたのは自分が作ってきた音楽だけ
「それは一体なんのために?」


──「Describe」の後半の囁き声のようなパートは、何を話しているのでしょうか?

覚えていないし、分からないな。あの部分は、僕が一人で自宅で録音したんだ。「Describe」を最初のシングルにしようと決めたのは、壮大な感じのオープニングがあって、それはBlakeと彼のスタジオのおかげなんだ。でもエンディングの部分は全て僕が一人で自宅で録音したもので、デモの一部なんだ。家の部屋の電気は暗くて、僕はゴロゴロしていて暗闇で何かを囁いていた…(笑)。その瞬間を捉えたものなんだ。この曲にはそういうものが全て含まれている。僕自身も何て言っているか分からないところも気に入っている。その方がより感情的になるでしょ? 多分、言語じゃなくてデタラメなんだと思う。

──「Jason」という曲は他の曲とかなり違うというか、女性的な歌い方をしていると思うのですが、これにはどのような意図があったのでしょう?

全ては同じ所から起因しているんだよ。今回のアルバムで僕は、今までで最も高い音と最も低い音を歌ったと思う。それをやろうと思ったからではなく、作曲をしていた時に、曲にそれが必要だと思ったから。僕は特にこだわりはない。ひとつの曲で僕がふたつの空間にいる必要があるなら、僕はそれをやってみようと思う。曲が急に移行したり変化したりする必要があるのなら、僕はそれを聴き入れて、やってみようと思う。「本来、曲はそんなに急に変化するものじゃない」と否定したり「今、低音で歌っているから、後で高音で歌うのは合わない」と否定せずにね。僕の性格的にもそういう風に思わないタイプの人間だから(笑)。基本的には、自分がやりたいようにやるのさ!

──ちなみに、この曲の歌詞に出てくる、あなたが23歳の時に聴いていたBreedersのCDというのはどのアルバムですか?

『Title TK』だったと思う。


The Breeders - Title TK


──「Your Body Changes Everything」という曲がありますが、デビュー当時は“傷つきやすい青年”みたいなイメージを持たれていたあなたも、最近はタンク・トップを着て、パワフルなパフォーマンスをしていますよね。何か意識の変化があったのでしょうか? あなたにとって、身体と心にはどんな関係がありますか?

昔は、身体と心の関係についてなんて全く考えていなかった。それは僕の物語の一部に含まれていなかったんだ。僕は子供の頃から病弱だったから、僕の身体は僕を裏切って勝手なことをしていたという印象だった。だから自分で身体をコントロールしようとは思わなかったし、基本的には身体を無視していた。だから感情やエネルギーを使って別世界に行ってみたり、今までの体験を振り返って自分の内面を追求したりしていた。でもダンスに出会ってからは、自分の身体と繋がるということが実際に出来るということに気づいた。そしてその方法で、全てにアクセスできるということが分かった。それは僕を癒してくれたから、自分に必要なことだった。そしてダンスに出会ってからは、ある意味では、自分に抵抗し始めた。自分に力強さを感じ始めてから、自分に対して「うるさいクソ野郎、僕は強くなるんだ。これをやってみるんだ!」と言うようになったんだ(笑)。たとえばダンサーたちがリフトで他の人を持ち上げているのをみたら、僕もそれをやってみたくなる。僕は何かをやり始めたら、とことん突き詰めたいと言うタイプの人間なんだ。今は身体を鍛えることに対して特にのめり込んでいるというわけではないけれど、昔の自分の状態と比べたら、確かに身体に対して気を使っているね。僕は長い人生を生きて、全てを学び、全てを知りたいと思う。踊っていて、身体の伸びが足りなかったり、遠くまでジャンプできなかったりすると、自分の限界を感じるけれど、自分にはその技術を把握するための学びがまだ足りないんだ思って、それが自分をさらにレベルアップさせるモチベーションに繋がるんだ。

──最近は普段から運動しているんですか?

ジムには行っていないけど、ストレッチしたり家でウェイト・トレーニングをしたり、ゴロゴロしたり走り回ったりしているよ。

──「Some Dream」の最後の歌詞、“All This For A Song?(たった1曲のためにこんなことに?)”というのは、自分の曲が原因で何か良くないことが起きたという、実体験に基づいているのでしょうか?

今まで僕は、音楽を作るためには世界から隠れていなければいけないと思っていた。創造している自分という一面を優しくケアしてあげなければいけなかったから。作品作りをしている時の僕は不安や緊張を感じていることが多い。だから創造活動をしている時、僕は隠れていた。それで均衡を保とうとしていたのだと思う。だからツアーの最中は引き籠りがちになっていた。自分の頭の中をのぞいてアイデアを見つけ出し、創造を続けられる状態にしていなければいけなかった。内向的であることが僕には求められていた。でも最近になって、創造活動を続けると同時に、外部との繋がりも持つことができると気付いた。まだそれが完璧にできるわけじゃないけれど、「もし僕がずっと引き籠りがちで制作を続けて、ふと見上げた時に周りに誰もいなくなっていたら?」ということを考えた。そして僕に残されたのは自分が作ってきた音楽だけ。「それは一体なんのために?」そういう気持ちを歌っているんだよ。

──「Whole Life」の冒頭の“half of my whole life is gone(僕の人生の半分は過ぎ去った)”という歌詞は悲観的にも聴こえますし、まだあと40年生きるのだという、前向きな決意表明にも聴こえます。あなたにとってはどちらなのでしょう?

それは1時間おきに変わることもあるよ(笑)。僕がこの曲を書いていた時に、どんな曲にしたいかを選択することができて、僕は希望のある感じの曲にしたいと思っていた。希望を持つというのは、どんな時にでも選択が可能なことだと思うんだ。状態は悪くないと思うのではなくて、悪い状態かもしれないけど、じきに良くなるだろうと信じること。それから、人は変わることができると僕は信じている。人間は根本的な部分では変わらない、とよく言う。「感情的な変化があったり、表面的な部分を変えたりすることはできるけれど、根本の部分は変えることができない」と言うよね? 僕はそれが本当なのか信じ難い。色々な経験を経て、違う人間のように感じるというか、視野が大きくシフトする場合はあるからね。僕の人生でもそういうことが何度かあった。気づきがあって、全てが合点し、「よし、別の方向に行こう」と決意する。僕は新しい考え方をして、新しい行動をする。それは可能なことなんだ。良いものだけを残して、悪いものを完璧に排除することは可能だと思う。「人は今までの良いも悪いも全てを常に背負っている」という表現を聞くけど、一部を手放すということもできると思うんだ。ただ、それをするのはとても難しいことなんだけどね(笑)。

──では最後に、人生のもう半分で、やりたいことがあれば教えてください。

子供の頃のように、自分の本能や直感で動いて、自分の大好きなものや、自分を幸せにしてくれるものを追い求めていきたい。他の人から「それはやってはいけない」とか「それは変だよ」と言われるよりも前から、自分にとって魔法のように感じてきたものを追求していきたい。怖がらずに創造活動や制作を続けて、繋がりを感じたい。そして、自分の中で本当の温かみを感じ、この世界の中で温かみを感じ、他人と一緒に温かみを感じたい。自分の中でこういう計画はしていなかったんだけどね。今までは自分が心地よく隠れるための家を作ろうと思っていた。でも今は、他の人にもそこにいてもらいたいし、一緒に踊りたいし、走り回りたいし、歌いたい。それは僕がステージに立って1時間行うものではなくて、そのエネルギーを日常の一部として取り入れたいんだ。





Perfume Genius - Set My Heart On Fire Immediately
(Matador / Beatink)


1. Whole Life
2. Describe
3. Without You
4. Jason
5. Leave
6. On the Floor
7. Your Body Changes Everything
8. Moonbend
9. Just a Touch
10. Nothing at All
11. One More Try
12. Some Dream
13. Borrowed Light