Car Seat Headrestは、まだ学生だった2010年頃から、車のバックシートで録音した音源をbandcampに大量にアップし始めたヴァージニア州出身の青年、Will Toledoによるプロジェクトだ。

大学卒業後にシアトルに引っ越した彼は、名門インディー・レーベルのMatadorと契約。バンド・メンバーを集めてツアーをスタートさせると、2015年の『Teens Of Style』と2016年の『Teens Of Denial』で、一躍シーンの寵児となる。

そんな彼らが過去作をリメイクした2018年の『Twin Fantasy』に続いてリリースする最新作『Making A Door Less Open』は、ツアー中にWillがドラマーのAndrew Katzと始めた別プロジェクト、1 Trait Dangerから発展したものだという。

普段からあまりメディアに登場せず、インタビュー嫌いな印象もあるWillだが、本作におけるペルソナであり、ガスマスクにオレンジの蛍光服姿のTraitというキャラクターに扮した彼は、アルバムについて思いのほか饒舌に語ってくれた。





規模だけデカくなって、小さな声が聴こえなくなるのは避けたい


──『Making A Door Less Open(ドアを少しだけ閉めること)』という新作のタイトル、および本作におけるあなたのペルソナであるTraitというキャラクターがガスマスクと蛍光服を着ているという設定は、図らずも現在の社会状況を反映しているように思えます。これについてどう思いますか?

今の社会状況は起こっていない方が望ましいよね。みんなそう感じていると思う。このペルソナは1年以上前に考案された、僕の日々の生活に対処するためのもので、コロナウィルスやその他の具体的な何かを象徴するようなものではなかった。もっと漠然とした個人的な表現方法として、脆弱さや危険を表しているものという一方で、マンガっぽい、楽しいものへの入り口みたいな感じで考えられたものだった。

──新作の作曲は、Matadorと契約する以前の2015年から始まっていたそうですが、その時書いた曲というのはどれですか? 当時からアルバムの漠然としたアイデアがあったのでしょうか?

ちょうどMatadorと契約する時期に、いくつかのアイデアがあったんだ。今回のプロジェクトで生まれた最初の曲は「Weightlifters」で、それが2015年だった。当時はパソコンで音楽を作っていて、シンセサイザーやドローンが主体の、実験的でエレクトロニックな音楽のデモをたくさん作っていたんだ。その内の何曲かを作り上げていって、音楽のアイデアを増やして集めていった。2018年頃から本格的に制作作業を始めて、保存していたアイデアたちを肉付けして、曲として完成させていった。だからこの2年間が本格的にアルバム制作していた期間だね。



──Traitというキャラクターは、ツアー中にドラマーのAndrew Katzと始めた1 Trait Dangerというプロジェクトから派生しているそうですが、これはそもそもどんなコンセプトだったのでしょう? 前作『Twin Fantasy』の「Bodys」という曲のラストでもAndrewが“1trait Danger”名義でラップしていましたが、あれがプロジェクトの発端だったのでしょうか?

それよりも前にプロジェクトは始まっていたよ。最初はAndrewが一人でやっていたことで、ツアー中に音楽を作っていたんだんだけど、かなりユーモアのある、奇抜な内容だった(笑)。Car Seat Headrestの音楽とは全く違う感じだったよ。それをツアー中にやっていたから、Andrewは他のメンバーにもヴォーカルのアイデアや曲のまとめ方について貢献するように頼んでいた。だからプロジェクトが進むにつれてグループ・ワークみたいになっていって、僕もそのプロジェクトに貢献するアイデアが増えていった。だから主にツアー中だけど、僕たちは1 Trait Dangerの曲を作ることが多くなっていった。結局、僕たちは1 Trait Dangerのアルバムを2枚作り、ビデオゲームまで作った。そのおかげで移動中もクリエイティブでいることができたし、音楽のアイデアを継続的に思い付くことができたよ。



──本作はCD、LP、デジタルというすべてのフォーマットで曲順とミックスが異なっていますが、これはどういった意図によるものだったのでしょう? デジタルのバージョンが最終版と考えていいのでしょうか?

デジタル・バージョンが一番最後に完成されたから、そういった意味では最終版と言えるかもしれない。でも、リスナーが何のメディアを好んで聴くかによるところが大きい。ヴァイナルを聴くのが好きな人にとっては、アルバムのヴァイナル版には、他のバージョンには無い要素が含まれている。各バージョンにそこまで大きな違いはないんだけどね。メディアに合う形にしたいと思ったんだ。例えばヴァイナルは片面で20分程度しか入らない。このアルバムは1枚のヴァイナルにまとめたいと最初から思っていたから、40分強までという制限があった。だから当初、アルバム制作をしている時にはその制限を念頭に置いて作っていた。だからヴァイナル版はアルバムの凝縮版で、その響き方もヴァイナルに合わせた特殊なものになっている。ヴァイナル版が完成した後、「尺の制限がなくなった今、何ができるかな?」ということをみんなで話し合った。そして、アイデアを発展させたり、曲を書き直したり、リミックスしたりした。それをずっと続けて、提出期限が来るまでずっとやっていた(笑)。

──では他のバージョンのために、実際に曲を書き直したり、アレンジを変えたりしたということですね。

そう、曲の違うバージョンやリミックスが入っているよ。ヴァイナル版にある「Hymn」という曲は、CD版とストリーミング版のためにリミックスされているし、「Deadlines」という曲はオリジナル版がヴァイナル版とCD版に収録されているけど、最終的なストリーミング版にはふたつの違うバージョンが入ってるんだ。曲から違ったアイデアが派生したから。オリジナル版はロックとディスコの中間みたいな感じだったから、これをふたつの曲に分けようということになって、最終版にはロック・ヴァージョンとダンス・バージョンを収録した。

──「Weightlifters」には“Your body can change your mind(きみの身体がきみの心を変えられる)”というフレーズがありますが、あなたと同じMatadorからリリースされるPerfume Geniusの新作にも、「Body Changes Everything」という曲がありました。“健全なる精神は健全なる肉体に宿る”という諺もありますが、あなた自身はどんな意図でこのフレーズを歌ったのでしょう?

「Weightlifters」の曲で最初の方に浮かんだ歌詞が“ I should start lifting weights(ウェイト・トレーニングを始めようと思った)”というものだった。それが具体的にどういう意味なのかは僕も分からなかったけど、希薄なダンス・トラックっぽい音楽に合わせたら面白いかなと思った。そのアイデアを発展させていって、ウェイト・トレーニングや運動は、身体を変化させる方法だという考えに至った。見ての通り、僕はウェイト・トレーニングから程遠い人間なので、物事はいつもメンタルなところにフィードバックされていく。身体的な変化はマインドから始まるという考え、つまりマインドによる考えが身体を変えてくれるという考えになった。だけど、脳内化学物質のバランスがおかしくなっていたり、体の状態がマインドに影響を及ぼす場合もあるから、その逆も然りということなんだよね。

──「Can't Cool Me Down」に登場する“Daniel”という名前は、あなたも敬愛する故Daniel Johnstonだと考えていいのでしょうか? 彼の作品はあなたにどのような影響を与えましたか?

Daniel Johnstonは敬愛していたけれど、「Can't Cool Me Down」に登場するDanielは「Cool Water(冷たい水)」という昔の曲からきているんだ。これは30年代くらいに作られた曲なんだけど、最もポピュラーなバージョンはMarty Robbinsによるもので、カントリー調のカウボーイっぽい歌なんだ。その曲では、ある男とDanという名前のロバがいて、砂漠を渡っていて水を探し求めている。ロバは別の方向に行きたそうにするけれど、男はロバに向かって「まっすぐ歩け、ダン、奴の言うことを聞くな。奴は人間じゃない、悪魔なんだ。奴が焼ける砂漠に水を撒いている」と言う。僕の曲では、“ Cool water on my brow can’t cool me down(額の冷たい水は僕を落ち着かせてくれない)”という歌詞になっていて、昔のこういう曲を引き合いに出したら面白いんじゃないかと思ったんだ。


※『ミュージック・マガジン』2020年5月号で、“ダニエル・ジョンストン”と書いてしまいました。すみません!


──「Weightlifters」と「Can't Cool Me Down」の2曲は以前からライブでもバンド・バージョンで演奏されていたと思うのですが、プログラミングを駆使したアルバム・バージョンに至るまでは、どのような変遷があったのでしょう?

実はアルバム・バージョンからの変遷はなくて、それが元のバージョンだったんだ。僕たちが曲をライブでやる頃には、すでにある程度収録が終わっていた。だから順番が逆で、ライブ・バージョンは元バージョンの拡張版というか、最終版というか、アルバムのためのツアーをする頃にはこの拡張版が演奏できるように、バンドとして少し先回りをしていたんだよ。でも曲の歌詞はその都度、洗練させていった。曲をライブで演奏したおかげで、あまり強く響かない歌詞はより良いものに変更するという機会が得られた。だから「Weightlifters」と「Can't Cool Me Down」はツアーやライブを経て、歌詞的にはかなりの変化をしていったよ。



──Andrew Katzが歌う「Hollywood」のショービジネスを揶揄するような歌詞は、まさに1 Trait Dangerの延長線上にあるものですが、ここで歌われているエピソードは実体験に基づくものなのでしょうか?

実体験というよりも、フィクションの物語だよ。でもそこにある感情的な部分は本音だと思う。僕はポピュラー・カルチャーに簡単に疲弊してしまうタイプの人間だから、メジャーなハリウッド映画を観に行っても、自分に良い感じに響かないと疲弊してしまい、週末が丸ごと潰れてしまうくらいなんだ。だからこの曲は、(映画という)深くてエンターテインメント性もあるべき媒体に直面して、それが深くもなくエンターテインメント性もない時に疲労困憊してしまうことについて歌っていたり、その業界の舞台裏を想像した内容について歌っている。その業界では、権力のある者が若い子たちや、傷付きやすい人たち、下の人たちなどに対して権力を乱用している。弱い人たちの身になって歌われている部分があって、その後には強い人たちの身になって歌われている部分があり、結局は強い人たちにとっても、自分が有利なパワーバランスを保つためにどんどん必死に人を操作し続けるという、疲弊する綱渡り状態であることがわかる。ハッピーエンドは誰にも訪れない。そんなLose-Lose状態(*Win-Winの逆)を歌った曲だよ。



──「Martin」という曲には、タイトルと裏腹に“Justin”という名前しか出てこないのですが、それぞれ誰かモデルがいるのでしょうか?

これは実は『フリスビーおばさんとニムの家ねずみ』というタイトルの、たくさんのネズミが登場する子供向けの本から来ている。僕も子供の頃に読んだよ。ストーリーの中で、ジャスティンというネズミは殺されたかもしれないけど殺されていないかもしれない(ネタバレ!!)という状況で、マーティンというネズミは、ジャスティンはまだ生きているはずだから自分は彼を探しに行く、というものなんだ。それがこの曲のスタート地点になった。本の登場人物と背景にある感情を用いて、別の文脈の歌にしてみたのさ。



──「There Must Be More Than Blood」はポール・トーマス・アンダーソン監督の映画『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』を連想させますが、関係があるのでしょうか?

深い関係はないんだけど、「There Will Be Blood」というタイトルが好きというだけで、それを意識して曲を発展していった。ある朝夢から覚めてこのタイトルを曲に使おうと思ったから、意識的な選択とは言い切れないかもしれないけど、作曲をしている時は、映画を意識しているという自覚はあったね。



──「What's With You Lately」を、あなたではなくギターのEthan Ivesが歌うことになったのはなぜですか?

あの曲はEthanのための曲だとずっと思っていて、このアルバムの一部を彼にあげたかったという思いがあった。特に僕たちのライブについて考えていて、各メンバーが脚光を浴びることのできる瞬間はどんな場面があるかということを考えていた。そこで、Ethanが歌えるような曲をあげたいと思った。文脈的にも、詞的にも、僕以外の人がこの曲を歌っているのは合っていると思う。Ethanがあの曲を歌うことによって、僕の頭の中という枠から出て、別の視点をリスナーに与える感じというのかな。古代ギリシア劇の合唱隊みたいな感じ。主人公によって語られる物語ではなくて、ナレーションみたいな感じになる。

──ラストの「Famous」は、歌詞カードにパソコンのキーボードの2列目をランダムに押したような文字列(Dsdlfasldfjhsaldfhlsdfjlsafhlsdjfhalsjfhsalj)が挿入されていますが、この部分のボーカルが逆回転になっているのはどんな意図があったのでしょう?

むしろ意図が欠乏していた、という感じだけどね。音楽が先にあったから。ボーカルは逆回転しているかは分からない。倍速がかかっているだけかもしれない。でも音源は切り刻まれたライブのボーカルが使われている。僕たちは毎回ライブの音源を録音しているから、曲の冒頭にある切り刻まれた部分は、ライブ音源のボーカル部分をサンプルとして用いて、「ギュッギューギュッギュー」という音にしたけど、それ以外のライブのボーカルも曲にそのまま残しておいた。それが背景で喋っているような音として聴こえるけど、何を言っているのかまでは聴き取れない。さらに、僕が特に好きなライブでのボーカルの音源があって、それはもともと「Bodys」のコーラスだと思うんだけど、この曲ではそれが全く理解不可能な形で提示されている。僕の感覚では、この曲は色々な考えが未解決のまま寝落ちしてしまう感じで、曲が進むにつれて理解不可能なものへと崩れ落ちていくというイメージ。だから意味不明な言語が登場している。

──アルバムを通して、ミュージシャンとしてのプレッシャーを歌っているようにも思えますし、個人的にはポップ・ソングに乗せて、John Lennonが本気で救いを求めていたBeatlesの「Help!」という曲を思い出しました。本作の歌詞はあくまでもフィクションなのでしょうか? それともあなたの本音ですか?

いつも本当の気持ちを表すようにしているよ。でも、アルバムの内容としては僕のキャリアについてというよりも、自分という人間の立ち位置みたいなところから来ている。このアルバムは断片的で、自分が傷付きやすいと感じたり、救いを求めたりしている面もある。「Famous」は特にそれに対する恐れを露わにしている曲だよね。でも曲によって色々な心理状態が表現されているから、各曲に独自の感情たちが付随している、詩のコレクションのように捉えている。1曲1曲ずつ捉えてもらえれば良いと思う。

──その一方で、「There Must Be More Than Blood」や「Life Worth Missing」といった曲には希望も感じられます。ツアーをしたり、〆切に合わせて曲を書いたりと、ミュージシャンには苦痛も多いと思うのですが、あなたは音楽業界にどうなっていってほしいと思いますか? ミュージシャンをしていて良かったこと、悪かったことがあれば教えてください。

僕は今この時代にミュージシャンでいることができて幸運だと思う。インターネットが発展したおかげでインディーのアーティストたちは音楽を聴いてもらう機会が広がったし、音楽で生計を立てていく機会も増えた。僕もそういう立場になれて恵まれていると思っている。それに今は、音楽のオーディエンスの幅もとても広くなったと思う。だから僕みたいなニッチな興味層の「インディーのアーティスト」にとっても、今までの時代よりも幅広いオーディエンスが存在していると思う。だから僕はツアーもできるし、世界中のメディアとのインタビューも可能になった。そしてインディーで、少し変わっていて、僕自身にとってパーソナルな音楽を作り続けても、僕は音楽の道を歩み続けることができている。

──では、音楽業界にどうなっていってほしいと思いますか?

これからも多様化を続けていって欲しい。物事はポピュラー化してしまう傾向があり、最初は様々なアーティストがいたのに、結局は同じように聴こえるアーティストが数人しか残らなくなってしまう。事業が進むに連れ、規模が大きくなり、コストも膨らみ、インディー・アーティストは蹴落とされてしまう。だからそういうことに対しては、僕たちはなるべく抵抗して、インディーのアーティストたちを支援できるようなアウトレットが次々と出てきてくれれば嬉しい。規模だけデカくなって、小さな声が聴こえなくなるのは避けたい。小さな声も聴こえるような状態が続いてほしい。

──『新世紀エヴァンゲリオン』へのオマージュとも言える「Kimochi Warui」や、園子温監督の映画『愛のむきだし』に登場する新訳聖書の朗読を引用した「Famous Prophet」といった曲があったり、日本映画にも造詣が深いようですが、他に好きな日本の映画やカルチャーはありますか?

僕は大学の頃、日本語の授業を2年間取っていたんだ。日本語は少しだけ話せるけど、最近はあまり使っていない。僕の前のルームメイトは実は日本人で、今は日本の大学院に通っているから日本に帰国中だけど、彼女はまだこの家の住人だよ。だから僕と彼女とその他何人かの友達は、日本のカルチャーやアートに興味があった。『エヴァンゲリオン』は僕が好きな作品だったから、自分の曲の参考にした。宮崎駿は現代において素晴らしい映画監督だと思うし、今敏の『妄想代理人』はすごく好きだったね。あとは僕のリストをチェックしてみないと思い浮かばないけど、日本のカルチャーには興味を引かれることが多々あるよ。


Car Seat Headrest - Making A Door Less Open
(Matador / Beatink)


1. Weightlifters
2. Can't Cool Me Down
3. Hollywood
4. Martin
5. Hymn [Remix]
6. There Must Be More Than Blood
7. Deadlines
8. What's With You Lately
9. Life Worth Missing
10. Famous
11. Deadlines [Alternate Acoustic] *CD-Only Bonus Track
12. Hollywood [Acoustic] *CD-Only Bonus Track

※CD/LP/デジタルでトラックリストが異なります。