photo by Thomas Neukum

CaribouことDan Snaithの人生に起きた、いくつもの“突然の変化”が散りばめられた5年半ぶりの新作『Suddenly』。

しかしそのサウンドの一貫性のなさに不安を持っていた彼に自信を与えてくれたのは、意外にも昨年リリースされたTyler, The Creatorのアルバム『IGOR』だったという。

ジャズやヒップホップ、トラップなど、様々な音楽への興味が水面の波紋のように全方向に拡がる新作について、6月に開催されるフェスティバルFFKT 2020での来日も決まっているDanが答えてくれた。


Netflixの『Shirkers』っていう映画の予告編を
ブラウザの別ウィンドウで開きながら作業してたんだ


──「Sister」ではあなたのお母さんが、小さい頃のあなたのお姉さんに歌った童謡がサンプリングされていますよね。ということは“Sister”はお姉さんのことだと思うのですが、“Brother”は誰のことなのでしょう?

えーと、あの歌は(二人いる)僕の姉妹と娘たちに向けたものなんだけど、“sister”というのは女性一般について言及したものでもあるんだ。このレコードを制作している5年間に起きたもっとも大きな文化的変化のひとつが、MeTooムーブメントだった。僕は(小さい頃、二人の姉妹と母親のほうが父親よりずっと存在感があって)女性に囲まれた環境で育ったし、今は完全に女性だらけの家庭で(妻と娘たち、姪と一緒に)暮らしている。自分自身、性暴力やセクハラといった問題を認識しているつもりでいたけど、MeTooの時期に、その根深さを完全に見誤っていたと実感したよ。人目を惹くようなメディアの事件だけではなく、僕の知っている事実上すべての女性が性暴力やセクハラの話をソーシャルメディアでシェアしたり、僕に話してくれるのを目の当たりにして、問題を全く理解していなかったことに気づいた。この曲は男性の女性に対する行いの深刻さに目を見開いて、味方になるという約束なんだ。だから曲中の“brother”はあらゆることを意味するんだけど、これは僕らが集団的に起こした問題であって、僕らでそれを解決しなければならないんだよね。

兄弟よ、君が変わらなければいけない
君がやらなければ誰もできないよ
物事が変わり始めていることに気づいているはず
僕ひとりだけではできないのだから

「Sister」


──お母さんが歌っている童謡の名前はわかりますか?

ちょうどママにあの童謡について訊いたんだけど、あれは「Little Bingo」っていう曲で、僕の姉のちいさい時のお気に入りだったんだって。ママが歌ってるのは「The farmer’s cat jumped over the moon」ってところだね。

──では、「Sunny’s Time」の“Sunny”というのは?

Sunnyは僕の親しい友人の娘なんだ。彼はこの5年の間に健康面での深刻な不安があったんだけど、ありがたいことに回復して、素晴らしい奥さんとの間に、Sunnyという美しい女の子を授かった。この曲は彼女から名付けたんだよ。同時に、フリー・ジャズ・ドラマーのSunny Murrayの、『Sunny’s Time Now』っていうアルバムとの言葉遊びでもあるんだ。



──Four TetことKieran Hebdenと共同でアレンジしたという「Home」は、どのように生まれたのですか?

僕はいつもKieranに作業中の未完成トラックを送ってるんだけど、彼が近くに来た時には僕の自宅兼スタジオに寄って、作業中の曲を聴いて、必要なフィードバックをくれるんだ。僕は長年「Home」に取り掛かっては止めるのを繰り返してたんだけど、彼に数ヶ月おきに、2つの異なるバージョンを送った。全編を通してヒップホップ風のブレイクビーツが流れているバージョンと、ただ僕がドラムを叩いてるだけの、もっとメロウなバージョンをね。それで彼にどっちがいいか尋ねたら、どっちも使えるんじゃないかっていう考察をしてくれたんだ。Gloria Barnesが歌っている部分はブレイクビートにして、僕が歌っている部分はもっとメロウにするっていうね。彼は説明するよりも、僕が送った2つのバージョンを実際に編集するほうが楽だと思ったみたいで、それをチョップ・アップしたものを送り返してくれた。僕はそのアレンジをそのまま再現して、最終的にそれを採用したんだよ。



──「Lime」の後半にBlack Soulの「The Sphynx」のサンプルを入れたのはどうしてですか?

それは良い質問だね。単純に、僕はあらゆる種類のことを試してたんだ。ある時点で、このレコードのポイントのひとつは、多くのサプライズと急展開があることだと気づいたから、僕はあのループを特別なものとしてしばらく取っておいて、ある日ふたつのトラックを一緒にしてみた。そんなのうまく行くはずないんだけど、あの瞬間のとても奇妙なところが気に入ったから、そのまま残すことにしたんだ。



──「New Jade」と「Home」、「Lime」には同じような歌詞が登場しますし、組曲のようにも聴こえるのですが、意識したのでしょうか?

その3曲がトリオだとは意識してなかったけど、確かに似たテーマを持っているね。「New Jade」は僕の妻の姉妹が離婚して、不幸な結婚から逃れることについて、「Home」は別の友人が複雑な人間関係から離れて、文字通り彼女が両親と育った実家に戻って、自分を見つけることについての曲だから。「Lime」も似たようなテーマだと思うけど、あれは本当にやりたいことをやれないまま、何年も過ごしているように見えた僕の若い友人についての曲で…与えられた時間をしっかり掴んで、本当にやりたいことをやろうっていう確認みたいなものかな。大切なことをね。

──「Like I Loved You」はColin Fisherの弾く素晴らしいギターが土台になっていますが、どのように彼と共作したのですか?

えーと、あの曲が興味深いのは、実際にはメインのギター・パートをColinが全く弾いてないってことなんだ。事実、あれはギターですらなくて、Omnisphereっていうソフトウェアでベース・ギターを再現したものなんだよ。ほとんどギターのように聴こえるけど、ピッチ・ベンドの音がギターの弦と違うのは、それが理由なんだ。和音の配列もギターで演奏する時とは違うしね。(彼はカナダに住んでいて、僕はロンドンに住んでるんだけど)「You And I」の終わりのギター・ソロを弾いてもらうためにColinに来てもらった時、他に彼に頼めることはないか考え始めたんだ。この時点までに僕は大半のトラックを仕上げてたから、彼が加えたのはメインというより細かい装飾的な部分だったけど、「Like I Loved You」にもいくつか加えた部分があって、彼はソフトウェアのリフに合わせて即興で演奏して、僕はもっとも本物のギターとソフトウェアの区別がつかないものを選んだ。それがこの曲の好きなところで、(エレキ・ギターのように)親しみやすく聴こえるけど、もう一度聴くと全く違って、本物と人工の物を切り離すことが難しくなってくるんだ。

──この曲でサンプリングしているシンガポールのミュージシャン、weishの「tick tick」という曲はどのように見つけたんですか?

「Like I Loved You」でサンプルしてるweishは変わった方法で見つけたんだけど、実はNetflixの『Shirkers(消えた16mmフィルム)』っていう映画の予告編を、ブラウザの別ウィンドウで開きながら作業してたんだ(みんなそうだと思うけど、作業中はもっと集中して、気が散らないようにするべきだって考えるよね)。サンプルしたweishの歌声がその予告編で使われてたんだけど、同時に流れていたふたつの曲が完璧に調和して聴こえたから、僕はただそれをYouTubeから引っ張ってきて、曲に埋め込んだんだ。幸運にも僕らはweishとことが連絡を取ることができて、彼女の歌声を使って曲をアレンジすることができたんだよ! 



──「Magpie」はあなたのエンジニアだったJulia Brightlyについての歌だと思うのですが、どうして“Magpie”というタイトルにしたのですか? 彼女のニックネームだったのでしょうか?

振り返ってみると、「Magpie」はあの曲にとって良いタイトルじゃなかったね。これは僕らの友人で、サウンド・エンジニアだったJulia Brightlyについての曲で、僕らとのツアー中にトランスジェンダーとしてカミングアウトした彼女が、花開いていく過程を見ているのは素晴らしかったよ。だけど不幸にもその数年後、侵襲性の強い癌で彼女は亡くなってしまった。だからこの曲は、僕が彼女にここにいて、どんなにトランスジェンダーの権利が向上したかを見てほしかったと伝えている手紙なんだ。タイトルの問題っていうのは、『Our Love』がリリースされる直前に彼女が亡くなったから、僕はそのうちの1曲に「Julia Brightly」というタイトルを付けてしまったってことだね(彼女が亡くなる前にアルバムは完成してたから、その曲は彼女についての曲ではなかったにも関わらずね)。だから僕はこの曲を「Julia Brightly」と呼ぶことができずに、歌詞を付ける前の仮タイトルだった「Magpie」をそのまま使ったんだ。Juliaがカササギ(Magpies)についてどう思ってるかはわからないけどね!



──「Ravi」のタイトルの由来についても教えてください。

僕と妻はこのアルバムの制作中に二人目の娘を授かったんだけど、彼女が男の子か女の子かは知らなかった(お医者さんに教えてもらわないことにしたんだ)。だから男の子と女の子(もしくはその両方)の名前のリストを作らないといけなくて、Raviは彼女が男の子だったら付けていた名前だったんだ。個人的な繋がりのある言葉だったから、曲名にしたんだよ。

──制作中によく聴いていたというBeverly Glenn-Copelandの『Keyboard Fantasies』には、どのようにインスパイアされましたか?

それは…たくさんだよ! YouTubeで彼の「Ever New」を見つけて、取り憑かれてしまったんだ。唯一無二の美しい音楽なんだ。それから彼のアルバム『Keyboard Fantasies』が再発されて、完全に没頭してしまってね。我が家で一番聴いていたアルバムで、もっとも重要なことは、それが自分の新しいアルバムのトーンを見つける手助けをしてくれたってことだ。『Keyboard Fantasies』を聴いていると、音楽からハグされているようで、とても温かくて心地良いんだ。この5年間の僕の人生、僕の家族の人生には、たくさんの困難で、予期せぬ出来事や瞬間があった。多くの場合、僕は他の誰かを慰める立場にあって、僕も自分を慰めてくれる何かを必要としていた。『Keyboard Fantasies』は僕にそうしてくれた音楽で、『Suddenly』を作ることも自分がすべてに取り組むうえで支えになったし、願わくば他の人たちが困難な状況を切り抜けるための、支えになってくれたらと思うよ。



──『Swim』以降、あなたのすべての作品のアートワークは円をモチーフにしていますが、何を表現しようと思ったのでしょう?

可笑しいね…「『Our Love』のジャケットには円はない」って言おうとしたんだけど、今確認してみたら、僕にも確かに見えるよ。今までは見えてなかったのに! もしそうだとしたら、偶然だと思う…だってあのジャケットは3層(ブルー、ピンク、イエロー)の小さな植物を交互に重ねただけだから、そこにあるものは全部無作為なんだ。『Swim』と『Suddenly』については君の言う通りで…ジャケットを手掛けたアーティストのJason Evansが円に惹かれているんだと思うけど、今回のアルバムに円を使ったのは、本来の意図ではなかったんだ。僕らはふさわしいイメージを見つけるのに苦労していて、僕らが使ったのは、スペインで休日中にサイクリングしていた彼が、何気なく撮影した写真だった。ほとんど僕に見せようともしなかったけど、それを見た時、僕がアルバムに込めた感情と強く共振して、ジャケットにするべきだと思ったんだ。彼は素晴らしく才能のあるアーティストで、この世界においてアートと音楽をどのように考えるか、そしてどうやってより良い人間になるかについての師でもある。彼を友人にできて感謝しているよ。

 
(L)『Swim』(2010) (R)『Our Love』(2014)


──ところで、娘さんたちは今回のアルバムについて何か言っていましたか?

8歳の娘は、彼女が一番好きな僕のアルバムだって言ってるよ。彼女は“「Home」は一番人気の曲になる”って言ってたけど、今は「New Jade」がお気に入りなんだ。3歳の娘は、とにかく「Baby Shark」が聴きたいみたい。





Caribou - Suddenly
(City Slang / PLANCHA)

1. Sister
2. You and I
3. Sunny’s Time
4. New Jade
5. Home
6. Lime
7. Never Come Back
8. Filtered Grand Piano
9. Like I Loved You
10. Magpie
11. Ravi
12. Cloud Song


※Caribou出演
FFKT 2020

2020年5月30日(土)〜5月31日(日) オールナイト公演
(駐車場:5月30日(土)10:00 開場予定)
開場:5月30日(土)12:00 / 開演 14:00 ※予定
閉演:5月31日(日)16:00 ※予定
会場:長野県木曽郡木祖村 こだまの森
ステージ:3ステージ(Steel、Ongakudo、Cabaret)

出演:
Andy Stott / 青葉市子 / Caribou / Chee Shimizu + miku-mari / Demdike Stare / DJ Python / Donna Leake / Gigi Masin / Hibiya Line / Luxixi / Maayan Nidam / Mars89 / MOCKY / MOODMAN / Neon Chambers / Parris / ryoji ikeda / Telefon Tel Aviv / Theo Parrish / Total Freedom / Wool & The Pants / ¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$U / Zakia

主催:FFKT事務局