ジュリアはある日突然に

Four TetことKieran Hebdenが共同でアレンジを手掛け、70年代のソウル・シンガーGloria Barnesの歌声を、Wu-Tang ClanやA Tribe Called Questといった90年代ヒップホップのマナーでサンプリングした「Home」や、キャリア史上最大のヒットを記録した前作『Our Love』路線のフロア・アンセム「Never Come Back」といったリード・シングルのイメージで本作を聴いた人たちは、きっと驚くに違いない。





母親がまだ幼い姉に歌う童謡をサンプリングしたという「Sister」で幕を開ける本作は、CaribouことDan Snaithがほぼ全曲でヴォーカルを取った、もっともパーソナルな作品だ。アルバムの多くの曲は、前作からの6年の間に起きた最愛の妻の兄弟の死と、その姉妹の離婚、そして実の父の大病といった出来事に影響されており、息子に先立たれた母親の視点で歌われる「You And I」や、ドビュッシーを思わせるクラシカルなグランド・ピアノのループに突然ラップが被さる「Sunny’s Time」、ジャジーなインストから不穏なアフリカン・チャントへと切り替わる「Lime」といった曲の予測不能な展開も、ある日を境に一変してしまった、彼の人生を表現しているのだという。

カナダのバンド、BerniceのメンバーでもあるColin Fisherのテクニカルなギター・リフが曲を引っ張る「Like I Loved You」のような曲もあり、楽曲のスタイルには一貫性がないが、それでも最終的にはどこかポジティヴで楽観的なメッセージが感じられるのは、それが他ならぬ家族に宛てて書かれているからかもしれない。夫と別れた義理の姉妹に向けて、“新しいファースト・キスみたいに/良い気分になれる/今までできなかったことを/逃さずにすむから”と励ます「New Jade」には、“音楽はハグのようなものであってほしい”という、Danの想いが込められているようだ。

本作の制作中に聴いていた作品として、Danはカナダのトランス男性Beverly Glenn-Copelandによる86年作『Keyboard Fantasies』を挙げているが、“ようやく世界が君に追いついたみたいだ”と歌う「Magpie」は、長年Caribouのエンジニアを務め、2014年に急逝したトランス女性のJulia Brightlyに捧げられたもの。前作にはその名も「Julia Brightly」という曲が収録されていたが、前作のために録音したエレクトリック・ピアノのループを再利用したというこの曲は、ほとんど70年代のシンガー・ソングライターの作品のようだ。

「Magpie」とはカササギの意味だが、同時にカササギのように、収集癖がある人のことを指すのだそうだ。それはJuliaのニックネームだったのかもしれないが、本作のために900以上のループを作ったというDan Snaithもまた、音を集めるカササギなのかもしれない。そんな大量のループの中からアルバムを完成させるにあたって、彼が誰よりも頼りにしたのが、友人のKieran Hebdenと、他でもない妻、そして2人の娘たちだったという。8歳になる娘曰く、“パパの最大のヒット曲になるよ”という「Home」を含む本作には、3歳の娘が覚え、口癖のように使っていた「Suddenly」というタイトルが付けられた。散らかっているように見えるかもしれないが、本作こそがDan Snaithにとって居心地の良い、帰るべき“Home”に違いない。