ニュージャージーのロック・バンド、PinegroveがRough Tradeからリリースするニュー・アルバム『Marigold』のリード・トラックだった「Moment」では、ドライブの帰り道で動物を跳ねてしまい、狼狽する主人公の姿が歌われている。そしてアルバムの実質的なラスト曲である「Neighbor」に登場するのは、裏返っても立ち直ろうとする小さな昆虫や、家の前で車に轢かれてしまうフクロネズミ、冬越えをする途中で猟師に撃たれてしまう渡り鳥といった、愛すべき隣人たちだ。
奪う者と奪われる者、両方の視点から描かれた本作。バンドを取り巻く環境は変わったが、女性メンバーのNandi Plunkettのコーラスも、メンバーの父親が弾くペダル・スチールの優しい音色も、変わらずそこにある。黄色と青のモザイク模様のアートワークは、青の時代とも言える前作『Skylight』から、Pinegroveの原点であり、黄色いジャケットに包まれた初期音源集『Everything So Far』に回帰しようとしているかのようだ。
彼らのひとつのサイクルの終わりでもあり、始まりでもあるこのアルバムについて、フロントマンのEvan Stephens Hallが語ってくれた。
マリーゴールドは、地に根を張った動かないもの
春や夏は美しくて、冬には消えている
── 日本であなたたちの作品がリリースされるのは初めてということで、まずは2016年のアルバム『Cardinal』に収録されていた「Then Again」の1行目、“I was totally nervous to go to Japan(日本に行くのにとても緊張していた)”という歌詞について教えてください。“I tried travel once, I lost my keys(一度旅行して、鍵を失くした)”と続きますが、これは実際のエピソードなのでしょうか?
僕は日本に行ったことはないんだ。すごく行ってみたい国ではあるんだけどね。自分たちの音楽がやっと日本でもリリースされることが本当に嬉しいし、日本旅行を計画するのも楽しみだよ。この歌詞についてなんだけど、僕の祖母がすごく話し上手なストーリーテラーで、昔から僕に“人に話すほどの価値があるストーリーは、必ず盛って話せ”と言ってたんだよね。その言葉を心に刻んで生きてるんだ。この歌詞は、僕がアメリカの西海岸を旅行をすることに緊張していたっていう話を少し盛って、日本に行くことに緊張したって話になったんだよね(笑)。海を渡っちゃったんだ(笑)。曲自体は旅をすることや、その旅の中で自分を見つけるっていう内容で、一種のホームレスネスみたいなものとかね。ツアー中に、いろんな場所で物を失くしたりしてるっていう内容も含まれてる。まぁ、だからそこの歌詞の部分は、西海岸に行ったことを盛って話してる感じなんだ。僕の日本旅行に対する今のステータスは“めちゃくちゃ楽しみ!”にアップグレードされてるよ。鍵は何度も失くしたことがある。僕は自分の経験や、自分が見たものや読んだもの、聞いた会話や、友達に言われたことを曲にするんだ。だから全てが僕の頭の中にある言葉で、それをきれいにパッケージしてお届けしようとした結果なんだよね。
2016年のアルバム『Cardinal』収録の「Then Again」
──Pinegroveの音楽は“エモ”と呼ばれることが多いですし、確かにエモーショナルではあると思うのですが、あなたはMount Eerieを敬愛しているそうですし、年明けにはLAKEとツアーしたり、音楽的にはむしろノースウェストのインディー・ロックに影響を受けているような気がします。エモと呼ばれることに抵抗はありますか?
エモって言われることに対しての抵抗は、僕自身は特にないよ。かっこいいエモ・バンドもいるし、あまり良いとは思えないエモ・バンドもいるし。僕はそんなにたくさんのエモは聴かないけど、世間一般からしたらポップ・パンクだと言われているGreen DayとかBlink 182みたいなボーダーライン・エモも好きだし、Saves The DayやThe Hotelierとかも好きだよ。でもそこら辺以外は大体インディー・ロックやフォークやカントリーを聴いてきた。両親の影響で、Lucinda WilliamsやGillian Welch、Little FeatやDr. Johnを聴いて育ったんだ。素晴らしいアーティストたちだし、影響は受けてると思う。エモって言われることに対しての抵抗は…やっぱりない。でも最後に付け足したいのは、ソングライターがひとつのジャンルに縛られて音楽を作ることはすごくレアというか、あまりないことだと思うんだ。みんながそれぞれ、自分が良いと思ったものを作ってるだけだと思うんだよね。で、それはその人が人生で聴いてきた音楽が、全部何かしらの形で混じり合って出てくるもんだと思うなぁ。質問を避けるつもりはないんだけど、僕はジャンルとか考えて作ってないよ。聴いた人が僕の音楽をなんと言おうが、別に気にもしてない。話題に上がっていること自体が嬉しいからね。
──前作『Skylight』に「Thanksgiving」という曲がありましたが、あなたが好きだというAdrian Orangeのプロジェクト、Thanksgivingとは関係あるのでしょうか?
面白いこと言うねぇ。実は「Problems」って曲の歌詞で“This is how I spend my life up”って部分があるんだけど、これは彼の曲の中のある一部で…曲のタイトルど忘れしちゃったんだけど(注:2004年の『Welcome Nowhere』収録の「Rich (Homeless)」)、そこから取って引用させてもらってるんだ。でもこれは「Thanksgiving」じゃなくて「Problems」っていう曲でなんだよね。なのでThanksgivingは彼とは何の関係もないよ。もちろん僕は彼のファンだけどね。
「Problems」を収録した2015年の初期音源集『Everything So Far』
──アルバム収録時には変わってしまいましたが、前作『Skylight』収録曲も、ライヴで演奏していた時にはSheryl CrowやKings Of Leonの歌詞を引用していましたよね? 新作『Marigold』ではそういった試みはありますか?
僕は昔から、間テクスト性やアート同士の会話みたいなものにすごく興味がある。アートにとってはすごく美しいレイヤーだなと思うし、個人的にも好きなんだ。すごく面白いエフェクトだと思うんだよね。制作中はその時自分が考えていることや、自分が作っているもので思い出すことを入れていきたくなるんだ。でも面白いのが、制作スペースから出ると、だいたい何を参照していたのか忘れてしまうんだよね。だから『Marigold』に対しては正直覚えていないんだ。可能性はあるけど…いや、入ってないかなぁ。言い方を変えよう。今回は許可を取るとか、そういう作業はなかったんだよね。『Skylight』では「Darkness」っていう曲から、何パーセントかSublimeのリード・シンガー、
Bradley Nowellの財団に支払ったんだ。Sublimeの歌詞(「Garden Grove」)を引用させてもらったからね。『Skylight』はオーディンスと演奏者とのアイディア共有だったり、アートへのラブレターのようなアルバムだったんだよね。『Marigold』はもう少し間口を狭めた、ローカルな感じのアルバムなんだ。
2018年のアルバム『Skylight』収録の「Darkness」
──前作『Skylight』は自主制作でのリリースでしたが、新作『Marigold』をRough Tradeからリリースすることになったきっかけを教えてください。
『Marigold』が完成した時に、いろんな人達に聴かせたんだ。いろんな人とこの作品の話をするチャンスをもらえたけど、Rough Tradeが僕たちのやりたいことに対してすごくサポートを見せてくれたし、何かが繋がったんだよね。正しい選択をしたなってすぐに分かったよ。一緒にやってて、今のところ全てが最高だね。僕らのどんなクレイジーなアイデアでも何とかして形にしようとしてくれるから、本当に最高だよ。
──「No Drugs」と「Moment」の2曲は、前作『Skylight』以前からライブで披露していたようですが、前作に収録されず、ようやく今回収録されたのは何故でしょう? 他の曲はいつ頃書かれたものなのですか?
答える前に言いたいんだけど、全ての質問が最高だよ。すごくリサーチされてる! 質問を作った人、ありがとう。「No Drugs」は『Skylight』のためにレコーディングして、全員気に入ってたんだけど、なんかまだこの曲でやれることあるよなぁ…って思ったんだよね。『Skylight』の曲のシーケンスにハマってなかったんだ。「どこに置いてあげればいいんだ?」って感じだったから、このアルバムにフィットしてないんじゃないかっていう決断に至った。でも僕らは曲がフィットしないからといって、その曲をボツにしたりはしないし、その後も曲と向き合い続けたんだ。この曲は『Marigold』を支える曲になってると思うよ。良い曲なだけじゃなくて、良いアルバムを作る手助けをしている。『Skylight』の時の録音もすごく気に入ってるから、日本盤のボーナス・トラックとしてリリースするんだ。曲が出来上がるまでって、時間がかかるんだよね。ずっと温まっている状態で、「今だ!」ってタイミングを曲が教えてくれるんだ。すぐにそのタイミングが訪れることもあれば、アイディアが降って来ても、何か特別な経験をしないと完成させられなかったり、謎の答えを出せるほどまだ頭が良くなくて、その時に完成させられなかったりっていうこともあるんだよね。半年経った時にもうちょっと頭が良くなってたり、経験豊富になって完成させられたりすることもある。「Moment」は“Scared to know~”って部分ができてたんだけど、それをどうしたいのか自分ではわからなくて、先に次の部分をどうしたいかわかって、交通事故みたいなシーンにした。動物を跳ねてしまうんだ。そんなイメージから、車や道路や旅の事を考え始めて、別に書いてた同じキーの曲のサビを取って、「Moments」のブリッジというかアウトロにしたんだ。違う曲の一部を取って曲にはめ込むことに対して、無頓着な時があるんだよね、僕って。そのプロセスが短い時もあれば、長い時もある。人前で演奏するのもいいんだよね。曲の強みとか、弱点がわかるんだ。説明しにくいんだけど、僕としては曲を演奏する時にちょっと恥ずかしかったり、シャイな気持ちがあると、その曲が未完全だってことになるんだよね。自分に対するサインみたいなものなんだ。「この曲はもっと強くできる」っていうサインだね。
──“今日はドラッグもアルコールもいらない/僕らが話したことを全部覚えていたいから”と歌う「No Drugs」のラストには、初期のライブでは歌われていなかった歌詞(“i follow my shadow up & out the skylight”)が追加されていますが、その部分が前作『Skylight』とリンクしているような気がしました。これはどのような意図によるものなのでしょう?
『Skylight』のセッションで作った部分だね。アルバム同士に会話をさせたかった。『Skylight』の1曲目の「Rings」では “Cardinal wings in the early morning”って歌ってるんだけど、この「Rings」って曲は、Pinegroveの『Cardinal』の四角形のタトゥーを入れてる人に対してのリアクションだったり、自分の人生が『Cardinal』をリリースしてから、どんな風に変わったのかを振り返ったりしている内容のものなんだ。(アルバム同士の)内部の対話みたいなものはやっぱりあって欲しかったから、『Skylight』のセッションで作ったあの部分を残しておくことに意味があると思う。全ての曲のコネクションを探求し続けたいんだ。『Marigold』も『Skylight』へのレスポンスだし、『Skylight』は『Cardinal』へのレスポンスだし、『Cardinal』は『Everything So Far』へのレスポンスになっている。『Marigold』で、ひとつのシーケンスが閉じたんだ。『Cardinal』が赤で、『Skylight』が青で、『Marigold』が黄色で。自分たちの一番根本的な色のセットへのオードみたいなものって言ったらいいのかな。短めに答えると、アルバム同士に意図的に対話をさせていたって感じ。
──日本では芸能人やミュージシャンの薬物使用が問題になっているのですが、あなたはドラッグに対してどのような考えを持っていますか?
僕は個人的には、政府が物質(ドラッグやアルコール)を違法とすること自体に反対なんだよね。犯罪というよりも、健康を害するという部分に目を向けるべきだと思うんだ。刑罰の問題よりも、メディカルの問題だと思うんだよね。ドラッグ使用については、倫理的もしくは道徳的な関連性はないはずだから。僕は今、ドラッグ使用経験者として話してるんだ。僕は素面でいる努力をしていたし、最近ではお酒も飲まないし、カフェインも飲まない。いろんな意見はあると思うけど、僕はドラッグをやったからと言って人を批判したり、見る目が変わったりはしないよ。アメリカや日本の政府が、もっとドラッグに手を出してしまう人々を思いやったほうがいいと思うんだ。政府はもう少しリサーチをすべきなんじゃないかな? なんでこの国ではこのドラッグが合法なのかとか、レギュレーションのみなのかとか、アルコールやタバコはマリファナとどう違うのかとかね。アメリカだとこういう法律でも偏りがあるんだ。州によっては肌の色が濃い人の方が捕まったり、犯罪者扱いをされるということが多くある。日本からしたらあまり重ならない部分かもしれないけど、そこも掘り下げてみると色々学べるんじゃないかな。アメリカではこういった法律を、選択的に作ったりしてる部分があるんだ。
──以前好きなギタリストとしてDirty ProjectorsのDave Longstrethと、ニジェール共和国のギタリストMdou Moctarの名前を挙げていて意外に思ったのですが、「Moment」にはその影響が出ているような気がしました。あなた自身は彼らのどんなところが好きですか?
ふたりとも縺れていて、アクロバティックなんだ。このふたつの言葉が、一番ふたりを表している言葉だと思うんだよね。僕は絶対にふたりほどのプレイヤーではないけど、インスピレーション探しをふたりからよくしてるよ。
Mdou Moctarの2019年作『Ilana: The Creator』のタイトル曲
──アルバムにはEvanとZackのお父さんも参加しているそうですが、どこに参加しているのでしょう? EvanとZackのお父さんはミュージシャンで、昔一緒にバンドをやっていたこともあるそうですが、どうして参加してもらうことにしたのですか?
ZackにはNickっていう兄弟がいて、実は彼も参加しているんだよ。僕のお父さんはピアノと歌で参加していて、ZackとNickのお父さんは、今回のアルバムではペダルスチールで参加してくれてるんだ。彼は凄い腕前のペダルスチール・ギタリストで、Nickもペダルスチールで参加してるんだよ。僕は小さい頃、お父さんとThe Reptilesっていうバンドを組んでいたんだ。小学生の頃かな。9歳とかだった。僕がドラムと歌で、お父さんがギターを弾いてたんだ。アルバムも一枚作った。Zackのお父さんと僕のお父さんは今も一緒にバンドをやってて、僕の継母も、Samのお父さんもそのバンドのメンバーなんだ。実は『Skylight』でも『Cardinal』でも僕とZackのお父さんたちが参加しているんだよね。だから初めてじゃないんだ。ふたりとも素晴らしいミュージシャンだし、このプロジェクトは近い絆を大切にして作ったから、近い絆を持つ者同士で音楽を作るのがいいと思ったんだ。
──アルバムの1曲目のタイトルは「Dotted Line」ですが、最後のインスト曲「Marigold」の歌詞カードには点線が書かれています。これにはどのような意図があったのでしょう?
意図的にやったよ。僕は常にメタファーやリンクで、世界をひとつにする機会を探し続けてるんだ。リスナーに愛を込めて作ったし、「じっくり探せば何か他にも見つかるかもよ?」っていう気持ちを込めて作っている。リスナーにパズルのピースを探してもらうための、招待状みたいなものなんだ。
──そもそもインスト曲も、6分間という長さもPinegroveとしては異例だと思うのですが、どうしてラストにインスト曲を入れようと思ったのでしょう?
僕はリスナーのために、アルバムの最後に確かなエネルギーが溢れるスペースを用意したかったんだ。感情的要求が高いアルバムの最後だからこそ、リスナーをなだめると同時に、振り返ってもらう瞬間を与えたかった。ストリーミング・サービスで聴いていたとしたら、必然的に最後の曲として流れる。リスナーが選べないとなった時に、やっぱり振り返ってもらうスペースを与えてあげたいなぁって思ったんだ。もうひとつは、このアルバムを作るにあたって探りたかったのが忍耐なんだ。6分もあるインストの曲を最後に入れて、リスナーに時間について考えてもらいたいと思った。『Marigold』ってタイトルにしたのは、マリーゴールドの花びらの質感が好きで、その質感を表した曲にしたかったから。アルバムのカバーもそうなんだけど、いろんな形で一つのことを伝えようとしてるんだ。
──マリーゴールドという花の名前は「The Alarmist」と「Alcove」の歌詞にも登場しますが、どうしてアルバムのタイトルにしようと思ったのですか?
『Cardinal』の中心になるイメージは、木に止まっている色鮮やかな鳥だったんだ。その鳥が僕に会いに来てくれた創造性の魂(精霊)だという風に思っていた。それは突然の予期せぬ出来事で、とてもラッキーなことだと思うんだ。『Marigold』はそれと反対で、地に根を張った動かないもの。君が会いに行かないといけないんだ。キャラクターも時期によって変わるし、春や夏は美しくて、冬には消えている。『Marigold』っていうタイトルを通じて、誰もが経験したことのある、浮き沈みの二重性を表現したかったんだ。僕も時にはすごく元気で、自分の作ったものをすぐにみんなに聴かせたい時もあれば、世の中から自分を隔離したくなる時もある。内向的であったり外交的であったり、そいういうイメージの重なりを探りたかったんだ。
Comments
ありがとうございます