例年にない豊作だった2019年。その中からモンチコンが選んだ20枚のベスト・アルバムは、思いのほか海外のランキングとの親和性が高いものになりましたが、そのほとんどがサイトで紹介してきた作品なので、読者のみなさんにも納得してもらえるのではないでしょうか。なかには既に来日が決まっていたり、来日が噂される(?)アーティストもいるので、来るべき2020年を楽しみにしながら、今年を振り返ってみることにしましょう。

それではよいお年を!


20. Vanishing Twin - The Age of Immunology (Fire)


インディー・ロック・バンドFanfarloのメンバーだったCathy Lucasや、Sandro PerriとのOff Worldでも知られる日本人ミュージシャン、ZongaminことSusumu Mukaiを含む多国籍グループ。Stereolab〜Broadcast路線のスペース・エイジ・ポップ、というかほとんどそのままではあるのだが、ダダイズムや構成主義の影響大なコスチュームとアートワークからも窺えるように、その音楽もスタイリッシュ過ぎない、手作り感に溢れている。単なる模倣やパロディと切り捨てるには惜しい、不思議な魅力を持った一枚だ。(清水祐也)


19. Kevin Morby - Oh My God (Dead Oceans)


オールドタイムな歌劇を思わせるピアノのフレーズから幕をあける本作は、このOh My Godな社会への嘆きと皮肉を込めまくった、ひとりの青年のブルーズが滲む作品だ。ピアノ/オルガンが主軸になった伴奏や度々入るゴスペルライクなコーラス、後半に突如挿入される無音部分とSE等は、作品にシアトリカルな雰囲気を与えると同時に、これまでのレイドバックしたフォーク・ロックをやってきた彼の作品とは、本作がもう別物になっている事に気づかされる要素だ。そして作中に幾度となく登場する“神”への言及は、自らを取り巻く社会や宗教との関係性が、年を経て変容したことを窺わせる。戯曲家Kevin Morby――前作『City Music』からの助走を経て今作を書き上げた彼を、そう呼ぶのは少々大袈裟だろうか。(山岡弘明)


18. Whitney - Forever Turned Around (Secretly Canadian)


人生の失意のなか作り上げたデビュー作の成功から約3年ぶりの2作目は、「Before I Know It」で歌うように、日没の瞬間のような、夕陽に照らされる草原の情景が広がっている。カントリーやフォーク、ソウルを落とし込んだノスタルジックなポップのスタイルは変わらず、弦楽器が加わりより美しく芳醇に。このまま夢へと落ちていきそうな逃避的サウンドの一方で、人生における愛、友情、損失、不安や恐怖といった彼等の日常を描いている。ウイスキー、もしくはビールを片手にゆらゆらと曲を奏でる姿が想像できるようだ。(栗原葵)


17. Olden Yolk - Living Theatre (Trouble In Mind)


Weyes Bloodとも親交の深いサイケデリック・バンドQuiltのメンバーShane Butlerと、Molly Burchのバンドでベースを弾いていたCaity Shafferによる男女デュオのセカンド・アルバムで、2人が持ち札を交互に切っていく様は、奇しくも今年共作をリリースしたDeerhunterのBradford CoxとCate Le Bonが、テーブルを囲んでカードゲームに興じているかのよう。ベースと共同プロデュースはWoodsのJarvis Taveniereで、タイトルの由来にもなったニューヨークの実験劇団の名前に恥じない、シュールな傑作だ。(清水祐也)


16. Clairo - Immunity (FADER)


オープニングを飾る「Alewife」は、彼女が自殺しようとするのを友人が止め、警察を呼んだ夜の歌だ。8年生の時である。眩いピアノ・サウンド、優しく語るようなクリアな歌声――この曲が象徴するように、本作では大人への過渡期にいる彼女が、まだ残る10代の危うさや脆さを漂わせながら、愛や孤独を歌っている。モダンで脱力感あるローファイ・ポップは、共同プロデュースをした元Vampire WeekendのRostamも一役買っているのであろう。ベッドルームから飛び出た彼女は、今や様々な大物アーティストとコラボする引っ張りだこのポップ・スター。21歳となった彼女の、大人へと脱皮した今後の姿に期待したい。(栗原葵)


15. Cate Le Bon - Reward (Mexican Summer)


Deerhunterの最新作にプロデューサーとしても参加し、Bradford Coxとの共作EPを本作と同じMexican Summerからリリースしたばかりの、ウェールズ出身の才媛による新作。制作中には建築学校に通いながら椅子作りも学んでいたという本作は、バロック風のアレンジが効いたエクスペリメンタル・ポップな室内楽。中盤では80’sのフェイク・ジャズやホワイト・ファンクなどのエッセンスも取り入れつつ、独特の気怠さとエレガンスの両義性を纏いながら楽曲は様々な表情を見せていく。そのキャリアをプライヴェートなフォーク・ロックから始めた彼女の、10年に及ぶ活動の集大成的な作品だ。(山岡弘明)


14. Girlpool - What Chaos Is Imaginary (Anti-)


LAを拠点とするインディー・デュオの3作目は、今までのドリーミーなシューゲイズ・サウンドはそのままに、彼女たちの新たなスタート地点となる1枚であろう。本作は10代の半ばから一緒に人生の大部分を過ごし、共に音楽を作ってきたベスト・フレンドである2人が、それぞれの街で別々に書いたという。また、Cleoがトランスジェンダーであることを告白してから初の作品でもあり、低く骨太な声質へと変化した彼がメイン・ヴォーカルの曲はメランコリックでパンキッシュな一方で、Harmonyの曲は切なげで疾走感を感じる。重なる2人の歌声は美しい調和が取れており、独立した個性がありながらも、ひとつのバンドとして共存しているのである。(栗原葵)


13. Matana Roberts - Coin Coin Chapter Four: Memphis (Constellation)


18世紀のルイジアナ州で奴隷解放に尽力した自由黒人マリー・テレーズ・ディット・コインコインに由来する、シカゴのサックス奏者のライフワーク的プロジェクトの第4弾。本作はKu Klux Klanに父親を殺されたというMatanaの親戚女性の視点から描かれたもので、Cass McCombs作品で知られるGang Gang Danceのドラマー、Ryan Sawyerの強烈なリズムに乗せて繰り返される「Run Baby Run!」というフレーズが、聴き手の恐怖を煽る。フリー・ジャズとカントリー・フィドル、ゴスペルが渾然一体となったそのスタイルは、アフリカン・アメリカンの歴史を音楽で辿っているかのようだ。(清水祐也)


12. Jay Som - Anak Ko (Polyvinyl)


群雄割拠な若手SSWシーンの中にあって、バンド演奏のフィジカル的な側面にもフォーカスできるのが、フィリピンをルーツに持つこのJay Somだろう。瑞々しいソングライティングで高い評価を得た前作に続くこの3作目は、彼女の“語り”と同列に “ サウンドの豊かさ”にも耳が行くSSWアルバムだ。歪ませたギターのストロークという90’sオルタナティヴ・ロックの常套句はもちろん、もともと得意としていたブラック・ミュージック由来の横揺れのビートは今作でも登場し、馴染みのバンド・メンバーらによるしなやかで力強いリズムも、長尺のインスト・パートをそつなくこなしている。 加えて、アルバムが進むにつれて段々と朧げになっていく音像とメロディーも、まるで1日の時間をなぞっているようで面白い。(山岡弘明)


11. Jenny Hval - The Practice of Love (Sacred Bones)


Stella Donnellyも愛読しているという処女小説『Paradise Rot』を上梓したノルウェーの鬼才の最新作は、アートワークを含め嫌悪感を伴うものでありながら、その音像や歌声は耳に心地良く、聴いているうちに脳内麻薬が分泌されていく危険な代物だ。フランス、シンガポール、オーストラリアの女性シンガーたちがそれぞれの国でコーラスを重ねた「Ashes to Ashes」はその極北。イタリアン・プログレ的な展開もあり、Joni Mitchell「Amelia」への回答でもある「Six Red Cannas」を聴いていると、リメイク版『サスペリア』のサウンドトラックはThom Yorkeではなく、彼女が手掛けるべきだったのではないかと思わずにはいられない。(清水祐也)


10. Tyler, The Creator - IGOR (Columbia)


ヒップホップやR&Bをベースに新旧雑多で幅広い音楽性を取り込み、奇妙なサウンドを作り出す本作。KanyeやSolange等の名だたる大物が並んだクレジットの中に、元Smith WesternsのCullen Omoriの名前を見つけて、ニヤリとしたインディー・ファンも多いだろう。「EARFQUAKE」では去らないでくれと懇願し、「Gone Gone/Thank You」では愛がなくなったと歌い、全感情が詰まっているというこの作品の中で、彼は一貫して愛を求め、失うことを恐れているのである。そして彼は最後に元恋人へ「俺たちはまだ友達?」と締めくくるのだ。(栗原葵)


9. Mega Bog - Dolphine (Paradise Of Bachelors)


Big ThiefのJames KrivcheniaやHand Habitsらも参加した、シアトル出身のミュージシャンErin Elizabeth Birgyのユニットによる最新作。遥か昔の、人間とは別の進化を辿ったイルカが登場する神話にインスパイアされたという本作は、彼女自身がフェイバリットに挙げるkevin Ayersを思わせるボヘミアンな空気とともに、不思議な生命力に溢れている。カンタベリー風ジャズロックや、サイケ〜 ソフトロック、音響的な意匠を凝らしたフリー・フォークまで、それら多彩な要素を取り入れたアート・ロックな楽曲たちは慎ましい演奏とアレンジながらもとても有機的に響いている。中でも、本作制作中に若くして急逝したAsh Rickliと共作した「Spit in the Eye of the Fire King」の原始的な美しさたるや。(山岡弘明)


8. Vampire Weekend - Father Of The Bride (Columbia)


セルフ・タイトルである彼らのファースト・アルバムから、もうすぐ12年とは感慨深い。ガレージ・ロックとエモばかりを聞いていた高校生の私にとって、ウィットに富んだ歌詞とアフロビートを昇華したキャッチーなサウンド、ギークなルックスも含めて衝撃であり、当時のシーンの象徴的存在であった。そんな彼らの6年ぶり、全18曲の大作となった新譜でも、中心人物Rostamの不在を忘れてしまうほど、そのスタイルは健在。「Harmony Hall」や「Unbearably White」では白人主義、アメリカの現在の不穏な雰囲気への批判を込めているが、彼らのサウンドは春のムードを思わす、祝祭的なポップである。(栗原葵)


7. Aldous Harding - Designer (4AD)


2017年に4ADからリリースした前作がRough Trade Shopの年間ベストに選ばれたニュージーランド出身のSSW、 Aldous Harding。PJ Harveyとの共作/プロデュースで知られるJohn Parishを再び迎えた本作は、ダークで密室的だった前作のサウンド・プロダクションから少しばかり変化し、幾分かアーシーで風通しの良いものになっている。ユーモラスでウィットに富んだ「The Barrel」のMVや抽象的なイメージを伴う歌詞、どこか茫々としたキャラクターはともすると示唆的にも映るが、インタビューで語っているように、彼女自身の創作に対する動きはもっとより感覚的なものらしい。クワイエットな空気に包まれながらも、聴き手にあれやこれやを自由に描かせる、イマジナティヴなパワーに満ちた1枚だ。(山岡弘明)


6. Stella Donnelly - Beware Of The Dog (Secretly Canadian)


もしもあなたが彼女のポップなサウンドやチャーミングなルックスを気に入ったのであれば、歌詞をじっくり読んでみてほしい。そして感じたことや思ったことがあったら家族や恋人、友人と語ってほしい。ヌードル(実は豚骨ラーメン!)を頬張る姿のインパクト以上に、友人のレイプ被害を歌い#MeTooブームとも呼応した「Boys Will Be Boys」を含め、人口中絶や故郷オーストラリアの人種差別等の社会問題を訴える彼女の歌詞は実に痛烈だ。インタビューやステージで「世の中が変わるまで語っていくことをやめちゃいけない」と繰り返し述べる彼女の姿を見ると、音楽は本当に世界を変えるのかもしれないという、幻想に近い希望を抱かずにはいられない。(栗原葵)


5. Purple Mountains - Purple Mountains (Drag City)


10年前、音楽活動からの引退を表明したSilver JewsのDavid Berman。バンドのベーシストでもあった夫人と過ごす時間が増えるのだろうと思われたが、社交的だった彼女は家を空けるようになり、やがて彼の元を去ってしまったのだという(「She’s Making Friends, I’m Turning Stranger」)。けれども、そんなBermanがWoodsのメンバーを従え、「All My Happiness Is Gone」と朗らかに歌うこの復帰作を聴いて、もう傷は癒えたのだと思った人も多かったことだろう。そのわずか数ヶ月後に、彼が自ら命を絶つまでは。そして今、“ついに死が遂げられ、苦しみが和らいだ時、すべての苦しみは、残された者たちによって終えられる”と歌う「Nights That Won’t Happen」の冷たさには震えが来るほどだ。(清水祐也)


4. Angel Olsen - All Mirrors (Jagjaguwar)


本人が影響を口にしているのを聞いて以来、ノース・カロライナの一軒家で奇妙なサボテン(Strange Cacti)に囲まれながら猫と暮らしているというAngel Olsenを、映画『サンセット大通り』に登場する往年の大女優ノーマ・デズモンドと重ねてしまうのは自分だけだろうか。前作の成功と引き換えに、彼女が手にした孤独。当初はMount EerieことPhil Elverumが所有する元教会のスタジオで録音され、弾き語りになる予定だったという楽曲を、Ben BabbittとJherek Bischoffによる瀟洒なストリングスが飾ることで、訪問客のいない豪邸のような、美しくも悲しい、極上のフィルム・ノワールが完成した。(清水祐也)


3. Big Thief - Two Hands (4AD)


今年の始め、テキサスのソニック・ランチ・スタジオでBig ThiefのドラマーJames KrivcheniaとレコーディングしていたKevin Morbyは、そこでBig Thiefの今年1枚目のアルバムとなる『U.F.O.F.』を耳にしたが、彼に本当に語りかけてきたのは、同じスタジオで録音された2枚目のアルバム、『Two Hands』のほうだったという。実験的な作風だった『U.F.O.F.』とは対象的に、ライヴでの定番曲が並んだ『Two Hands』を聴くと、前者で与えられた謎が、後者で解き明かされるような印象を受ける。Kevin曰く「秘密の言葉で会話している」というバンドとしての一体感も、近年稀なものだ。(清水祐也)


2. (Sandy) Alex G - House Of Sugar (Domino)


未だ20代後半だがオリジナル・アルバムとしては既に9作目、スマッシュ・ヒットとなった前作『Rocket』の延長線上にあるような本作を聴いていると、(個人的な見解で申し訳ないが)ハーモニー・コリンの初期作品を見ている時のような感覚に襲われてしまう。 トレンディな音の装飾を施しつつも、所謂オーバーグラウンドで言うところのクオリティには決して結びついておらず、(Sandy) Alex Gとしか言いようのない奇妙なサウンドに着地、相変わらずのズバ抜けたソングライティングに相反するそれらの歪なアレンジと楽曲構成は、今回も作品全体に大きな異物感を残している。寓話的なエッセンスが散りばめられた詞世界も相まって、それはまるで社会から忘れられた人たちの物語のようだ。 サウンドのテクスチュアは異なるが、感触としては、ただひたすらに自分という個を見つめたSufjan Stevens『Carrie & Lowell』に近いかもしれない。(山岡弘明)


1. Weyes Blood - Titanic Rising (Sub Pop)


沈没した豪華客船タイタニック号の乗客を祖父に持つ細野晴臣がLA公演を行った今年、“浮上するタイタニック”というタイトルの本作がリリースされたのは、象徴的な出来事だ。Karen CarpenterやCarole Kingを思わせるNatalie Meringの歌声を、過ぎし日へのノスタルジーと捉えることは簡単だが、彼女自身はJackie-O MotherfackerやAriel Pinkといったアンダーグラウンドなミュージシャンのコミュニティ出身であり、彼女の父親もまた、80年代に1枚だけアルバムを残している不遇のミュージシャンだったという事実を踏まえれば、むしろ埋もれていたものが時間の波に洗われ、ゆっくりと顔を出しただけなのかもしれない。ラストの弦楽四重奏曲「Nearer To Thee」はタイタニックが沈む直前に演奏されていたという讃美歌「Nearer, My God, To Thee」へのオマージュだが、タイトルからは“My God”が抜け落ちている。『Titanic Rising』は、神なき時代の鎮魂歌なのだ。(清水祐也)