「多くの作品に見られる、フィナル・ミックスに対するラッセルの消極性は、どことなく美しさを感じさせるものである。演奏、収録、そしてミキシングは可能性の過程であり、すべての道程は抗い難い誘惑を伴っていたためにファイナル・ヴァージョンを決定するという作業──その曲が静止し、故にある種の死を経験する瞬間──はしばしば堪え難いほどに辛いものだった」(ティム・ローレンス著『アーサー・ラッセル ニューヨーク、音楽、その大いなる冒険』より)

ニューヨークを拠点に、現代音楽とニューウェーヴ、ディスコやカントリーを股に掛けた活動を続けたチェロ奏者のArthur Russell。しかしそんな気質が災いしたのか、1992年にエイズでこの世を去った後、彼の部屋には生前リリースされることのなかった、膨大な量のデモ・テープが遺されることになった。その未発表音源は、Tommy BoyのスタッフだったSteve Knutsonが設立したAudika Recordsによって管理され、これまで数作の発掘音源集としてリリースされてきたが、この度その音源の調査と修復を依頼されることになったのが、Arthur Russellの大ファンを自認するヴァイオリン奏者/シンガー・ソングライターのPeter Broderickだ。

それに先駆け、今年の1月にはPeterがArthurの楽曲をカバーした『Peter Broderick & Friends Play Arthur Russell』もリリースされたが、そこでいち早く取り上げられていた「Words Of Love」と「You Are My Love」の2曲を含む新たな未発表曲集『Iowa Dream』が、ここ日本でもリリースされることになった。そんなArthurについて、かつて彼のアルバム『World Of Echo』をリリースしたRough TradeのGeoff Travisはこう語る。

「繰り返し完成を先延ばしすることで、アーサーはいつの日か主流アーティストの仲間入りをする夢を抱き続けることができたのだろう」(同上)

Arthur Russellが抱き続けた夢とは、一体どんなものだったのだろう。『Iowa Dream』の音源の修復、編集とミックスを手掛けたPeterと、Arthurの生前最後のパートナーだったTom Leeが、プロジェクトについて語ってくれた。


「In Love With You For The Last Time」は
拒絶される感情を知っている、真実の場所から聴こえてくるようだ


──Arthur Russellの曲もいくつか演奏された、Peterの4月の来日公演はいかがでしたか?

Peter Broderick
 日本に戻ることができて良かったよ。会場のBillboard Liveも素晴らしい場所だったし、東京で美味しい食事をしたり、素敵な人々と会って、銭湯にも入れて幸せだった! 問題は、滞在期間がすごく短かったことだね…3日しかそこにいられなかったから、もっと長くいられたらと思うよ。

──Arthur Russellのプロジェクトの始まりについては前回話してもらいましたが、その後どうやって、Arthurが遺した膨大な量のアーカイブに向き合うことになったのでしょう? 音源はどのように保管されていたのですか?

Peter
 まず最初に、Arthurが亡くなる前のパートナーだったTom Leeから、数曲を送ってもらったんだ。2017年にTomに会った後で、彼はArthurの未発表曲をeメールで送ってくれた。僕はトラックのひとつに深刻な音質の問題があることに気づいて、ソフトウェアでそれをきれいにしたんだ。Tomがそれを聴いた後で、Arthur Russellの遺産を管理しているSteve Knutsonと僕を繋げてくれて、さらなる作業について話し合った。Steveと連絡を取るようになった頃には、Arthurのオリジナル・テープはすべてデジタル化されていたから、僕が受け取ったのはたくさんのオーディオ・ファイルで、短いものもあれば、とても長いものもあって、たくさんの異なる作品が含まれていたんだ。

──『Iowa Dream』はArthurのヴォーカル曲に焦点が置かれていて、2009年にリリースされた『Love Is Overtaking Me』のパート2とも言える内容ですが、どうしてこれらの曲は未発表だったのでしょう?

Peter
 これらの曲がリリースされていなかった理由のひとつは、音源になんらかの問題があって、対処する必要があったからなんだ。いくつかの曲は未完成だったけど、Arthurのテープに遺された数種類のバージョンから、完成版を編集することが可能で…だから僕は、そういった作業もすることになった。だけど本当にArthurのアーカイブは膨大で、簡単に見失いそうになる。だからすべての素材に目を通して、次のリリースに何がふさわしいかを考えるのには時間がかかったんだ。それに、ここ数年ではじめて見つかった曲もいくつかあるんだよ。

──コンセプトはどのようなものだったのでしょう?

Tom Lee
 このリリースの“コンセプト”や基本的なアイデアは、Arthurの曲を彼の音楽に親しんでいるファンと、新しいファンのどちらにも届けることだった。彼のアーカイブをニューヨークのリンカーン・センターにある図書館に移した時、Steve Knutsonと僕が、ニュー・アルバムに必要なクオリティを満たしていないだろうと思っていた、沢山のテープを再確認する機会が開けたんだ。そして新しいテクノロジーによって、それらの曲も実際にリリース可能だとわかったんだよ。

──音源の修復、編集とミックスはどのように行われたのでしょう? 何か気をつけたことはありますか?

Peter
 できる限りArthurのオリジナルに忠実であることは心掛けていたよ。もちろん、そのヴィジョンがどんなものだったのかを知ることは不可能だったから、自分の直感を信頼しなくてはいけなかった。だけど僕はArthurの崇拝者で、彼についての本でもドキュメンタリー映画でも、手に入るものは全て貪っていたから、既にArthur Russellの穴に深く潜り込んでいて、彼の作品を親密に感じるのは容易いことだったよ。それでも簡単な仕事ではなかったし、僕のしたことにSteve Knutsonが全面的に同意しないこともあったから、完璧な仕事をするために、何度もやり取りすることになったんだ。

──曲順は年代順ではありませんが、どんなことを意識しましたか?

Tom
 Steveと僕は、曲順のアイデアについて話し合って、音楽を尊重する一定のリズムに行き着いたんだ。僕はSteveが、アナログ盤の各面がどうやって始まって終わるかに、特に気を使ってくれたことに感謝しているよ。

──これらの曲の中から、Peterは「Words of Love」と「You Are My Love」を先駆けてカバーしていますが、特にこの2曲を選んだのは何故だったのでしょう? 他に好きな曲はありますか?

Peter
 好きな曲がたくさんありすぎて、選ぶのは無理だよ! その2曲は作業の早い段階で僕に語りかけてきて、すごくシンプルだったから、覚えるのも簡単だったんだ。優しくて、少し憂鬱なところも好きだね。「Barefoot in New York」は僕が聴いた中でも信じ難い曲のひとつで、新鮮で現代的だし、今聴いても先鋭的だよ! 「In Love With You For The Last Time」には何度も泣かされたよ…単純にとても美しくて、拒絶される感情を知っている、真実の場所から聴こえてくるようだ。

──「I Still Love You」には少しレゲエっぽい雰囲気もありますが、Peterのバージョンの「A Little Lost」に影響を与えたとか?

Peter
 ハハ! 僕は「I Still Love You」はレゲエっぽいとは思わないけど、君の言っていることはわかるよ。僕は「I Still Love You」を聴く前から「A Little Lost」をレゲエっぽく演奏し始めたんだけど、理由はよくわからないな。単純にそういう気分だったんだ。


Peter Broderick & Friends - Play Arthur Russell
(Lirico)

彼が歌って演奏するのを見て
ギグの後で一緒に歩いて帰るのが好きだった


──TomがArthurと出会った1978年以降に録音された3曲、「You Did It Yourself」、「Follow You」と「List of Boys」について、何か覚えていることはありますか? 特に「You Did It Yourself」の歌詞に出てくる映画が何だったのかが気になります。

Tom
 僕はArthurが録音しているスタジオで多くの時間を過ごすことはなくて、むしろ彼が帰宅して、たくさんのテイクに、キーボードやドラム、ヴォーカルを加えようとしているのを聴くことが多かったね。彼がSteven Hallとやっていた“Bright and Early”のセッションは記憶に残っていて、というのも僕はStevenや彼の友達のJohnny Fuと一緒に、シルクスクリーンのジャケットも手掛けていたからなんだ。Johnnyが“bright”と“early”を意味する中国語を使ってデザインしたジャケットを、350枚印刷したんだよ。その時のセッションからの「Follow You」やその他の曲は、StevenとコラボレートするArthurの喜びを、うまく捕らえていると思った。

「You Did It Yourself」で、ArthurはErnie BrooksとやっていたバンドThe Flying Heartsのスタイルに再挑戦していたけど、今度は“Sailboats”というグループで一緒に活動していた、Steven Hallを加えたものだった。僕はThe Flying Heartsを見たことはなかったけど、The Sailboatsのことはほとんどグルーピーのように見つめていたよ。というのも、それはちょうど僕らが一緒に過ごし始めた時で、彼が歌って演奏するのを見て、ギグの後で一緒に歩いて帰るのが好きだったんだ。

残念ながら、「You Did It Yourself」で彼が触れている映画についてはわからないんだ。二人でよく映画には行っていたけど、ドキュメンタリー映画『ワイルド・コンビネーション』に出てくるあの曲のソロ・アコースティック・バージョンはギターと歌だけの演奏で、僕らが一緒にいた頃にはあまりやっていなかったスタイルだから、彼の初期の曲だと思うんだ。

──1970年代のArthurの曲については、彼が亡くなる前にも聴いたことがあったのでしょうか? 彼は当時何か話していましたか?

Tom
 『Love Is Overtaking Me』の収録曲については、僕らのアパートメントにあったカセットからで、全部じゃないけど、ほとんどの曲を知っていたんだ。僕らが初めて会った頃、彼はダンス音楽に没頭していて、「Is It All Over My Face」、それから「Tell You Today」や「Let's Go Swimming」が、『Tower of Meaning』を構成する音楽へと移行していった。Arthurは様々なプロジェクトを同時にこなしていて、その間を流動的に移動していたんだ。それらの曲を再訪しながら、別の曲にも取り組んでいた。『World of Echo』、『Corn』や『Calling Out of Context』はすべてそれに続くものだけど、彼の多くの分野における興味には、直線的な時系列は存在しないんだ!

──ジャケットに使われている写真はいつ、どこで撮られたものなのでしょう?

Tom
 数年前、アーカイブをリンカーン・センターに移してから、ブルックリン・アカデミー・オブ・ミュージックでの展示が行われた時、Arthurの古い友人のJoel Sokolovが、Arthurと僕の写真を持ってやってきたんだ。カバーに使われているのは、Phil Niblockがマンハッタンのセンター・ストリートで仕切っていた、パフォマーンス・スペースのThe Experimental Intermedia Foundationで演奏するArthurだよ。1970年代後半から1980年代前半にかけての数年間、Arthurは毎年一度そこで演奏していて、PhilもArthurが求めた時には、いつでもスケジュールに入れていたんだ。CDトレイの下とLPのインサートに使われているのは、東12番街にあった僕らのアパートメントでのArthurの写真だよ。

──(Devendra Banhartの編集したコンピレーション『Fragments』に収録されていた)「Not Checking Up」のように、今回のコンピレーションに収録されなかったArthur Russellの未発表曲もたくさんあるのでしょうか?

Peter さっきも言ったように、Arthur Russellのアーカイブが膨大であることは疑いようがない。たくさんの未発表曲があって、もちろん他の曲より聴きやすい作品もいくつかある。でもこの先何が起きるか、誰がわかるだろう。今はただ、みんなこの『Iowa Dream』の19曲を大切にしているよ。


アーサー・ラッセル - アイオワ・ドリーム
Arthur Russell - Iowa Dream
(Audika / P-Vine)


1. Wonder Boy
2. I Never Get Lonesome
3. Everybody Everybody
4. You Did It Yourself
5. Come To Life
6. Iowa Dream
7. Words Of Love
8. I Still Love You
9. You Are My Love
10. Barefoot In New York
11. Just Regular People
12. I Wish I Had A Brother
13. Felt
14. The Dogs Outside Are Barking
15. Sharper Eyes
16. Follow You
17. List Of Boys
18. I Kissed The Girl From Outer Space
19. In Love With You For The Last Time