photo by Susan Moss

その始まりは、2008年にまでさかのぼる。Arcade Fireのジャパン・ツアーの後、日本滞在を延長したメンバーのRichard Reed Parryは、訪れた寺院のそばの森で、彼が17歳の時に亡くなった父親のフォーク・グループ、The Friends of Fiddler's Greenによく似た音楽を聴いたのだ。

その時の印象や、日本滞在中に偶然知ったという賽の河原の言い伝えをもとにスタートしたのが、彼のソロ・プロジェクトであるQuiet River Of Dust。昨年から今年にかけてリリースされた2枚のアルバムは、The NationalのDessner兄弟やNico Muhlyといったゲストが多数参加した、一大音楽絵巻になっている。

今月の27日(火)と28日(水)、チボ・マットの本田ゆかや、パートナーであるLittle ScreamことLaurel Sprengelmeyerを従えて来日公演を行うRichardに、プロジェクトの発端について聞いてみた。



草津温泉にいた時に湯川に座っていたら
「賽の河原(River Of Death)」という標識があった


――まずはQuiet River Of Dustのはじまり、2008年のArcade Fireのジャパン・ツアー後の日本滞在について教えてください。あなたが訪れたお寺や森というのはどこですか? Acade Fireのツアー以外でも日本に来たことはありますか?

高野山にある修道院だよ! 恵光院って言うんだ。そこで朝の祈祷と、護摩行をさせてもらうことができたんだ。そしてその周りを囲んでいる森だね。とても深淵で、力強い沈黙や、空っぽの場所と時間を経験して、数年間味わったことのない人生の孤独に襲われた。何もすることがなく、行く場所もなく、演奏することも、アルバムを作ることも、何もない。そして後にQuiet River Of Dustになる音楽や曲が溢れて、ゆっくりと時間をかけて流れ出したんだ。それは大きくて空っぽな、洞窟のように静かな場所からやってくるように思えた。魂や歌声、嘆きや幸せと禅の意識、少年時代の記憶で満たされた森のような。そう、僕はツアーの後で日本に滞在してたけど、ツアー以外でも一度だけ訪れたことがあるよ。高野山や城崎、草津温泉、京都、高山、富士山、奈良、大阪と東京をね。


日本滞在中のRichard


――その森であなたが聴いたというお父さんのフォーク・グループ、The Friends of Fiddler's Greenの曲をどこかで聴くことはできますか? 彼らのファースト・アルバムの『This Side Of The Ocean』というタイトルが、Quiet River Of Dustの“This Side of the River”、“That Side of the River”というサブ・タイトルと似ているのは偶然でしょうか?

あれは特定の曲じゃなかったんだ! 彼らの声全般だね。彼らのアルバムをリリースしたちいさいフォーク・レーベルは、おかしな理由でそれをデジタル化してくれなくて、オンラインやストリーミング・サイトでは聴くことができないんだ。彼らのファースト・アルバムは本当に素晴らしいから、それをYouTubeにアップすることは、僕のやりたいことリストにずっと入っているよ。素晴らしい歌声、歌い手とサウンド。すぐにやらなくちゃ。今週にでもね。これを読む頃、YouTubeに上がってないかチェックしてみて。そしてQuiet Riverに『This Side of the River / That Side of the River』というサブタイトルを付けたのは偶然じゃないよ。The Friends of Fiddler's Greenのアルバムへのオマージュでもあり、それを向こう側の世界と結びつけ、生と死の境、この世とあの世を越えて僕の父の影響を聴き、感じるための手段だったんだ。賽の河原の言い伝えと同時にね。

――賽の河原の言い伝えはどうやって知ったんですか? 両親より先に亡くなった子供が河原で石を積み上げる度に、鬼がそれを壊してしまうという話ですよね。

偶然見つけたんだ! 草津温泉にいた時に湯川に座っていたら、「賽の河原(River Of Death)」を指す標識があって、ビックリしたよ。というのも、僕はちょうど「Quiet River of Death」という短いインスト曲を書き始めたところだったから。それで僕はその言い伝えについて調べたんだけど、それは僕が心の中で、僕自身の歴史の中でずっと待ち続けていた題材に、奇妙なほどよく似ていたんだ。そして失った子供を弔うために両親が賽の河原に行くという事実が、僕自身の境遇とも強く結びついているところが気に入った。若い頃に父親を亡くしたことが僕の人生の道を作り、大人の男性の助けなしに自分自身を育てて、前に進んできたということだね。だからそこでは子供が大人になることの難しさ、父親の死に取り残されたちいさな男の子を悼むこと…そして賽の河原の子供たちが石を積み上げるという考えが、並行して起こっているような気がしたんだ。



――The NationalのDessner兄弟と初めて会ったのはいつですか? このアルバムでの彼らの役割は?

僕らは2005年に、アムステルダムのParadisoで会ったんだ。お互いのファンだったし、僕とBryceは、どちらも似非チェンバー・ミュージックとロックのハイブリッド・グループをやっているという点ですぐに意気投合したよ(Bell OrchestreとClogsだね)。僕がAaronにQuiet River Of Dustの初期のデモとアイデアを聴かせたら、彼らがキュレートしたAll Tomorrow's Partiesに招いてくれて、当時僕がやっていたプロジェクトと一緒に演奏することになったんだ(Music for Heart and Breathの初期バージョンとか、Bicycle/boombox交響曲など)。そして彼らは、僕がこのプロジェクトを続けることに集中して、完成に漕ぎ着くまで助けてくれたんだ。僕はすぐに気が散っちゃうから、彼らがチアリーディングしてくれるのは良かったよ。僕が録音をAaronに送るたびに、彼がコメントや意見、提案をくれて励ましてくれたんだ。そしてもちろん、彼らはどちらもたくさんの曲で演奏しているよ。いくつかの曲はニューヨークの北部にあるAaronのLong Pondスタジオで録音したんだけど、とても美しかった。ヴォーカルの一部は嵐の中で外に出て、鳥たちを背にしながら歌ったんだ。



――The Nationalがキュレートした2012年のAll Tomorrow's Partiesでは、すでに今回のアルバムの曲を演奏していたのでしょうか? それはどのように変化しましたか?

いくつかの曲はそうだね。Volume 1の3曲目(「On The Ground」)と、Volume 2の2曲目(「Lost In The Waves」)かな? 他の何曲かは演奏しないようになって、アルバムには収録されなかったんだ。ライブで演奏したのはあの時が初めてだったから、すごく勉強になったよ。僕はいつも、1回の本番は10回のリハーサルより価値があるって言ってるんだ。だからその後ですごく変化したし、当時すぐに録音したうちのごく一部は生かされることになったけど、ほとんどは発酵するまで待つことになった。

――あなたが影響源に挙げていたArthur RussellとOrbの『Live '93』、そしてTom Waitsの『Bone Machine』は、それぞれどのように影響を与えていますか?

おお、この質問は好きだよ。Arthur Russellは…たぶん彼の作品で、音の世界を象る姿勢かな。『World Of Echo』は、本当に自分にとっての居場所って感じがするんだ。Quiet Riverで、僕は時間や場所のようなサウンドを作りたかった。ダブのようにエコーを楽器として使いつつ、ラリった感じにはならないようにね。Orbの『Live '93』については、僕は鳥のさえずりや割れる海の波、混乱して聴こえるような、すべての奇妙なオーガニック/エレクトロニック・サウンドを招き入れたかった。混乱を伴ってそれが出入りすることで、生態系のように命を持って、美しく感じられる。僕は生態系のような曲を書きたかったんだ。『Bone Machine』についても同様に、録音された部屋の音を聴くことができるし、アコースティック/エレクトロニックな楽器の周りに充分な空間があることで、部屋を音楽の一部として聴くことができるんだ。それは世界や、時間、季節のように感じられる。ぬかるんで、茶色く、濡れた季節。



――楽曲はどうやって『Vol.1』と『Vol.2』に分けられたのでしょう?

僕はどの曲が“緑の世界”、明るくて植物と森が育ち、直に触れることのできる人間や自然界のように感じられるか聴いたんだけど、それがVolume 1になったんだ。その後でどの曲が“青の世界”、水に漂うような、柔らかい幽体離脱、暗く波打つ、心理的に少しだけ曇った、海のように感じられるかを聴いた。それがVolume 2なんだ。

――京都の祇王寺という苔寺で録音したというのはどの部分ですか?

「Cups in the Ocean」で聴こえる蝉や虫の鳴き声だよ。「Finally Home」や「I Was In The World (Was the World in Me)」とか、Volume 1にもたくさん入っているね。僕はただそれを聴いて身動きが取れなくなって、録音したんだ。このレコードの環境の中でその鳴き声に生きてほしかった。ただそこに属しているように感じたんだ。





――「Heaeven For Meg」のMegというのは誰ですか? “Heaeven”という言葉の意味は?

僕の子供の頃の古い親友で、海の向こうに住んでいるんだ。“Heaeven”は僕が愛着を持っていた書き間違いなんだけど、“Heaven(天国)”と“Haven(避難所)”を合わせたみたいで、僕らが隣合える、空想の場所のように感じられたから。

――あなたが少年時代に住んでいた村が無くなってしまったというのは本当でしょうか?

うーん、イエスでもノーでもあるかな。僕が当時そこに住んでいた人たちと一緒に歌うたびに、それはまた出現するし…僕がQuiet Riverの曲を歌う時、それは存在するんだと力強く言えると思う。それが僕が歌う時に、思い描く場所だから。たくさんの記憶があるから、正確に無くなったわけではないけど、歳を取り、そこに住んでいた人や、そこを作った人たちも地上から消えてしまったからね…だけど、まだたくさんの人たちが健在だよ。でも僕はもうそこに住んでいる子供じゃないから、今では別の場所になっている。子供の頃の僕にとってのあの村は、もう消えてしまったんだ。

――「Throw A Cup Of Water」でのチボ・マットの本田ゆかさんの日本語の語りは、このプロジェクト全体のコンセプトを要約していると思いました。どうして彼女に頼んだのですか?

うん、そう思うよ! 彼女はいくつかの違う曲の歌詞や、曲にならなかった歌詞を使った台詞を語っているんだけど、それがアルバムの詩的な核になっているんだ。僕が彼女を呼んだのは、日本語が話せて、この台詞を翻訳して録音してくれる人を探していると話した時に、お互いの友人が紹介してくれたから。チボ・マットの頃から彼女のファンだったし、彼女は僕の好きな、あらゆる種類のクールな即興や電子音楽をやってるんだ。それに、Quiet Riverの大半のミックスをしてくれたTchad Blakeを見つけたのも、チボ・マットやTom Waitsの『Bone Machine』での彼の仕事を通じてだったから、そういったことが繋がるのも良いと思った。

――このプロジェクトは10年近くさかのぼりますが、去年と今年、カナダのTim Heckerが『Konoyo』と『Anoyo』という作品をリリースした時は驚きませんでした?

そう思うけど、仕方がないね(笑)。僕はTimの友達だし、彼の作品のファンだから。彼とは何度かコラボレートしたこともあって、Bell Orchestreの作品をリミックスしてくれたし、僕がThe Brooklyn Youth Chorusのために共同でキュレートした、Black Mountain Songsというアルバム/プロジェクトにも参加してくれたんだ。



――Arcade Fireの作曲のクレジットはいつも“Arcade Fire”になっていますが、WinとRegine以外のメンバーが曲を書くことはあるんでしょうか? というのも、Arcade Fireにも「Afterlife」という曲があるからなんですが…この繋がりについてはどう思いますか?

それは僕らが一緒に音楽を作ってるからだよ! 音楽を書く時にどんな風に作業するかはいつも違うから、このやり方は口論したり、誰がどの部分を書いたかについて、考え過ぎるのを避けてくれる。“俺が俺が”っていう考え方だね。曲によってどんな風に作業するかに関わらず、それをグループとしての意見に変えるんだ。歌詞はいつもWinとRegineが書くから、その点については明確だけどね。死は僕たち全員の人生の、そしてアートにおける大きなテーマだ。それは一大事だよ! もしもそのことについて考える余地を与えるとしたら、いくらあっても足りないだろうね。

――Little Screamと同じように、あなたもカナダから現在のアメリカを見て感じることはありますか? カナダとアメリカ、日本を比較してみてどう思いますか?

うーん。僕はどちらの市民権も持っていて、母はアメリカで生まれたから直接的な繋がりがあるけど、厳しい状況にあるね。自分自身を食い尽くすのを止める方法を、なんとかして考え出さないといけない。医療制度の欠落は単なる政治/階級の問題ではなくて、精神的な病気だと思うんだ。君が病気になったり怪我をした時に医師が足りなくて、国がそれを補填しない正当な理由がないのだとしたら、精神的に良くない兆候だと思う。アメリカの政治の世界のどちら側も、民間の保険会社ではなくて、国によって医療が負担されることに反対しているのは明らかだ。アメリカについて語れることは多くあると思うけど、僕の意見では、それがこの国の状態を一番示唆していると思うよ。日本は美しく入り組んだ場所で、今よりもっと理解できたらと思うけど、部外者の視点からはとても慕っているよ。アメリカやカナダと同じように、その存在や枠組み、外見の中にはいくつかの矛盾を孕んでいると思うし、きちんと検討しなければ破滅してしまうかもしれないけれど、どの国にとっても、それはとてつもなく大きな問題だよ!



――今回のツアー・メンバーを紹介してください。どんなショウが期待できますか? あなたが一番楽しみにしていることも教えてください。

まずはLittle ScreamことLaurel Sprengelmeyer。彼女は美しく歌って、キーボードを弾くよ。そしてパーカッション、ドラムとエレクトロニクスのStefan Schneiderは、モントリオールのたくさんのバンドで演奏しながら、僕と一緒にBell Orchestreをやっている。Corwin Foxは素晴らしいフォーク・ミュージシャンで、ソングライター/作家でもある。僕は18歳の時に彼のバンドBig Fish Eat Little Fishに参加して、初めてカナダをツアーしたんだ。彼は美しく歌い、ベースとバリトン・ギターを弾く。ヴァンクーヴァー島のアーティストの録音やプロデュースをして、時々彼の娘と一緒にツアーしてるんだ。Jordy Walkerは非凡なギタリストでもあり音の彫刻家で、Big Fish Eat Little Fishのもうひとりのメンバーでもあった。高校時代は僕のギターの先生だったこともあるんだ! 僕が受けたことのある唯一のギター・レッスンだよ。彼もカナダ北部、ユーコンでたくさんの音楽の録音やプロデュースをしている。本田ゆかは電子音と歌声、そして日本語の通訳をしてくれるんだ! 彼女はこの日本のショウのために、はじめて僕らに参加してくれるんだよ! 彼女を家族に迎えられて興奮しているし、次のQuiet Riverにも参加してくれることを祈ってるよ。深い静けさはもちろん、時折の爆音、たくさんの歌声、美しく取り囲む環境音、英語と日本語による曲の解説…セットリストは切れ目なくお互いに繋がっているから、君は自分を失って、どこにいるか、誰が目の前にいるか考えなくてもいいんだ。なによりもまず、この音楽に直接的な深い影響を与えてくれた国で、はじめて演奏できることに興奮しているよ! それからたくさんの温泉に行って何日も首まで浸かることや、鹿児島と、ずっと念願だった屋久島をはじめて探索することも楽しみにしてる!

質問作成協力:大賀陽子



RICHARD REED PARRY's QUIET RIVER

11月26日(火)東京 渋谷WWW-X
OPEN 18:30 START 19:30
チケット:前売:¥6,500(ドリンク代別)
お問い合わせ:クリエイティブマン(03-3499-6669)

11月27日(水)大阪 梅田Shangri-La
OPEN 18:30 START 19:30
チケット:前売:¥6,500(ドリンク代別)
お問い合わせ:キョードーインフォメーション(0570-200-888)

※大阪公演はキャンセルになりました

制作・招聘:クリエイティブマン
協力:ワーナーミュージック・ジャパン