10年代にリリースされた数あるアルバムのなかでも隠れた名盤と呼ぶにふさわしいのが、Ruth Garbusの『Rendezvous with Rama』だ。フリー・フォーク・バンドFeathersや、King TuffことKyle ThomasやChris Weismanとのバンド、Happy Birthdayでの活動でも知られる彼女が2010年にリリースしたこのアルバムは、ミュージシャン仲間であるChris CohenやFleet FoxesのRobin Pecknoldらによって、秘かに愛聴されてきた。

そんな彼女が先日リリースしたのが、実に9年ぶりのニュー・アルバムとなる『Kleinmeister』。アヴァン・ジャズ・サックス奏者のTravis Laplanteとシンガー・ソングライターのRyan Powerを共同プロデューサーに迎えたこのアルバムについて、Ruthが姉であるTune-YardsのMerrill Garbusや、地元のバーモント州ブラトルボロへの想いを交えながら語ってくれた。



ブラトルボロが、私を地球に戻してくれるんです


――ようやくアルバムが聴けて嬉しいです!「Pain」と「Fetty Wah」のどこまでも昇っていくようなメロディは、今年聴いたなかでもベストだと思いました。EPは何枚かリリースしていましたが、9年ぶりのアルバムということで、どうしてこれだけ時間がかかったのでしょう?

まずは何よりも、我慢強く待ってくれて、そしてインタビューしてくれてありがとう。『Kleinmeister』を気に入ってくれて、とても嬉しいです。そう、9年ぶりのアルバムですね! わたしは音楽を作ることに関しては、ちょっとのんびりしていて…多かれ少なかれ、自分がミュージシャンだと感じられるようになってきたんです。もう長いことやってますけど、ある意味では、今になってようやく本当にそう感じ始めたというか。この2、3年で、もっと没頭するようになったんです。その前は休み休みだったので。理由はわからないんですけど…たぶんミュージシャンであることが自分のアイデンティティではなかったから。私はヴィジュアル・アートに重点を置いていて、姉のほうはもっとミュージシャンという感じでした。この距離感が音楽を作るうえで私に自由を与えてくれたし、とても有益だったんですけど、同時に自分ができる以上のことをしたり、訓練や練習するうえでの妨げになっていたのかもしれませんね。

――“Kleinmeister”というタイトルは、16世紀のドイツの版画家を意味しているそうですね。このタイトルを選んだ理由は? アートワークは誰が描いたのでしょう?

“Kleinmeister”という概念は、数年前にアートの歴史の本で見つけたんですけど、すぐに自分に語りかけてきて、アートを作る時と同じように、わたしの心とユーモアのセンスを照らしてくれたんです。わたしは“ちいさな達人”っていう直訳がとても好きで。特にドイツの版画家、都市の中心から外れた場所に住んでいた、田舎の芸術家を指すんですけど、わたしも優れた芸術家やミュージシャンがたくさんいるちいさな町に住んでいるので、そこに親しみを感じました。カバー・アートは何年か前に自分で描いたんですけど、アルバムのスピリットにフィットすると思ったんです。『Kleinmeister』の音楽と同じように、無意識の中から浮かんできました。



――アルバムのほとんどの曲にはリズムがなく、それが自由な印象を与えていると思いますが、EPの曲のようにリズム楽器を加えようとは思わなかったのでしょうか?

そこまで意識していたわけではなくて、単純に自分の目の前にあった機材の結果で、それが一番簡単だったからだと思います。わたしはほとんどのことを手軽さからやってみるし、自分の目の前をよぎったことは、何でも試してみるべきだと思うんです。だから単純に自分のギターと声だけでやってみたんですけど、それがわたしの持っているものだったから。それが好きなんです。次のアルバムではパーカッションを使う計画を立ててますけどね!

――Chris Weismanのように、あなたの曲のコード進行もユニークですが、何か理論に基づいているんでしょうか? それとも、本能に従っているのですか?

間違いなく本能に従ってますね。即興しながら自分の好きな断片を見つけて、記録したものを元に作曲していくんです。単純に指をフレットに置いて型を作ってみたり、弦のチューニングを変えって歌ってみたり、ギターでたくさん模索してますね。コンセプトを課すのとは対照的に、すごく直感的です。

――アルバムのアレンジはとてもシンプルですが、プロデューサーのTravis LaplanteとRyan Powerが果たしたのはどんな役割だったのでしょうか? 特にギターのエフェクトが気になりました。

Travisのプロダクションは、余計な手出しはしないということでした。レコーディングの過程を通してずっとスタジオにいてくれて、彼の存在だけでもポジティヴに道を照らしてくれたんです。継続的にサポートしてくれて、どんな質問をしても返ってきましたし、特定の曲のどのテイクが良いか、意見を聞いたりもしました。Ryanのクレジットに関しては、ミックスの段階で彼が果たした役割が大きいですね。彼は楽曲を違うレベルに押し上げてくれて、レコーディングの粗い素材から、何か新しくて奇妙で、美しいものを引き出してくれたんです。どこに何を入れるかといったアレンジに関してはわたしは明確だったんですけど、彼は「Strash」、「Pain」、「Fetty Wah」といった曲に魔法をかけてくれました。「Strash」と「Pain」ではエレクトロ・ハーモニクスのエレクトリック・ミストレスというフェイザー/コーラス・ペダルを使っていて、ライブで演奏するときも使っています。こうした曲では弦を掻き鳴らす代わりに叩いていて、それが奇妙な効果を生んでますね。



――あなたの歌詞はシュールで、ところどころ意味がはっきりしない部分もあるのですが、どんなことにインスパイアされますか?

自分の歌詞のほとんどはフリー・ライティング、作曲する時の言葉版みたいな感じで書いてます。即興で書いて、それを自分の求める形に変えていくんです。だから時々すごく変になるし、はっきりとした物語が浮かんでくることもありますね。

――「Fetty Wah」で、ミュージカル『南太平洋』の挿入歌の「Bali Hai」を引用した理由は?

曲を書いている時に浮かんできて、一度そこに収まったら残ることになりました。そのために苦戦することにもなったんですけど、わたしは(「Bali Hai」の作者の)ロジャース&ハマースタインに許可を取るのが遅くて、リリースも遅れちゃったんです! それに、現代の社会や文化におけるあのミュージカルの立ち位置については、100%心地良いわけではないと言わなくてはいけませんね。アジアの文化のステレオタイプや、特に女性のエキゾチックな描き方は、クールじゃないと思います。だけどメロディーはとても美しくて、たぶんわたしは子供の頃親しんだものを使いたかったんでしょうね。子供の頃は、ミュージカルをたくさん見てたんですよ!



――アルバムを聴いていて、RochesやMarine Girlsといったアーティストを連想したんですが、実際にはどんな音楽を聴いていましたか?

Rochesのことは敬愛してます。Joni Mitchell、特に彼女の『夏草の誘い』にはすごく影響されていますね。最近はLucy、Lily & Horn Horse、Sam Gendel、Bernice、レゲトンのクラシックにハマってます。この質問のおかげではじめてMarine Girlsを聴いたんですけど、すごく気に入りました!

――あなたの家族、特にお姉さんのMerrillはあなたにどんな影響を与えましたか?

Merrillも両親もミュージシャンだったので、わたしは子供の頃から音楽に囲まれていました。そういう風に育つことは私に影響を与えるどころか、私を形作ったと思います。そうした背景がなかったら、音楽を作っていたかどうかさえわかりません。Merrillの成功を見ているのは素晴らしいです。いろんな点で、信じられません。その力強い歌声や仕事の姿勢、親切さとサポート、この世界で良い人間になろうという決意、謙虚さと逞しさは、私を触発してくれます。そして彼女の愛。わたしを支えてくれる人で、彼女のことを考えるだけで涙が出そうです。両親も同じように励ましてくれて、わたしの作る音楽に興奮して、ミュージシャンや人間として成長するのを喜んでくれています。恵まれていますね!

――MerrillやKyle Thomasといった人たちは西海岸に移りましたが、あなたはブラトルボロから離れようと思ったことはありますか?

はい、考えたことはあります。LAやニューヨークといった他の都市を訪れるのは楽しいですしね。でもブラトルボロはちいさな町ですけど、他の場所ではありえなかった沢山の機会や、繋がりをくれました。それに少しのもので、とても豊かな暮らしができるんです。もっと大きな都市で暮らすよりも、たくさんの時間や安心が持てると思います。ブラトルボロと西マサチューセッツは、わたしが好きなたくさんのミュージシャンの故郷でもあります。とてもエキサイティングで豊かなシーンが栄えていますし、たくさんの奇妙なことがあって、興奮させてくれます。それに、ブラトルボロのコミュニティが大好きなんです。それが変わって育っていくのを見てきたし、わたしが変わって育っていくのも助けてくれました。わたしがここに来たのは20か21の時で、いま38なので、この町で今の自分になったんです。わたしは共同経営の食料品店で働いていて、この仕事が好きだし、この組織に関わっているのは良い気分です。音楽の外の生活を持つのは自分にとって良いことだし、それが自分を良い人間にして、音楽をもっと面白いものにしてくれていると思います。しばらく音楽だけをやっていると、地に足が着いていない気がして。ブラトルボロが、私を地球に戻してくれるんです。

――最後に、Happy Birthdayを再結成する予定はありますか?

ひとことで言うと、ノーです! KyleとChrisとわたしは今でも親しいし、Chrisと私はちょうど13周年記念を祝って、一週間、Kyleと一緒にLAで過ごしたところです。彼はわたしがショウをするのを助けてくれて、協力してくれました。だけどわたしたちはみんな、それをあった場所に置いて、優雅に年老いてほしいと思っています。