2017年のムック『Folk Roots, New Routes フォークのルーツへ、新しいルートで』で、敬愛する細野晴臣との対談を果たしたDevendra Banhart。京都でレコーディングを始めたという彼の3年ぶりの新作『Ma』は、そんな細野さんへのオマージュでもある「Kantori Ongaku」ほか、日本語や英語、スペイン語、ポルトガル語が入り混じった、アダルト・オリエンテッドな作品になっている。

かつては数々の迷言・奇行でインタビュアーを煙に巻いてきたDevendraだが、今回はいつになくシリアス。身近な人たちの死や、母国ヴェネズエラの窮状について歌ったもっともパーソナルな作品だというニュー・アルバムについて、はぐらかさずに語ってくれた。



歳を取るにつれて、自分が知っていることって
なんてちっぽけなんだって気づく


――2年前の対談で、細野晴臣さんのロサンゼルス公演をしたいと話していましたが、今年の春に実現しましたよね。アメリカで細野さんと話したりしましたか?

いや、話せなかったんです。友達のMac DeMarcoが一緒に演奏したとか、ライブの後にバーへ行って、細野さんがアンビエントDJセットをしたとかいう話を後から聞いて、すごく嫉妬しましたよ!

――新曲の「Kantori Ongaku」に日本語が出てくるのは、細野さんの曲で、サビだけ“カントリー・ミュージック”と歌っている曲へのオマージュだそうですが、それってもしかして、『HOSONO HOUSE』の「僕は一寸」ですか?

はい、そうです。

――では、曲中に出てくる“しかたがない”と“世の中そういうものさ”という日本語を選んだ理由は?

“Kantori Ongaku”っていう部分は、細野さんへのちょっとした挨拶や、感謝、引用だったんですが、“しかたがない”と“世の中そういうものさ”については、この曲の重要なポイントだったんです。実際この言葉に出会ったのは、アメリカ人のジャーナリストが原爆の2年後に広島を訪れた際のレポートで、放射能に被爆した人が口にしているのを読んだ時でした。自分ではどうにもならないことを受け入れるという意味で、美しい表現だと思ったんです。僕たちは些細なことでカッとなってしまうけど、歳を取って死が近づいてくると、物事を受け入れる寛容さが出てきますよね。

――ちなみに、その記事の名前って?

ジョン・ハーシーの「ヒロシマ」。ニューヨーカーに掲載されて、アインシュタインが何百部も買い取ったぐらいの、とても有名な記事なんですよ。



――細野さんへのオマージュだと知る前に、この曲を聴いて「細野さんっぽいな」と思ってしまったんですが、音楽的にも意識していましたか?

細野さんのことは大好きだし、たくさん聴いているから、何かする度に、その影響が出てくることはあると思います。暇さえあれば彼をコピーしようとしていますからね。でもあの曲に関して言えば、僕らはJJ Caleっぽいことをやりたかったんです。

――ああ、なるほど。そういえば細野さんがプロデュースした西岡恭蔵っていうフォーク・シンガーの曲で、ちょっとJJ Caleっぽい曲があるんですよ。

なんて名前ですか? もう一度教えてください。ちょうどこの後タワーレコードでインストア・ライブがあるので…。

――じゃあその時に教えますよ(笑)。「Kantori Ongaku」のビデオにはミュージシャンのSASAMIやKing Tuffがカメオ出演していましたが、他にもたくさんの人が出演していますよね?

John Dalyですか? 彼は素晴らしい、天才コメディアンですよ。

――あの年配の女性は?

彼女は実際にカントリー・ミュージック、“Kantori Ongaku”のシンガーなんです。監督の知り合いで、名前は覚えてないんですけど(笑)。
 
――そういえばビデオの中で、あなたが男の子のTシャツを着ていますが、あれは誰なんでしょう?

あれはダライ・ラマからパンチェン・ラマ11世に指名された、世界で最年少の政治犯とされている少年です。彼は1994年、5歳の時に中国の共産党に誘拐されたんです。

――「Taking A Page」という曲にも、“僕は中国で作られたフリー・チベットのTシャツを着ている”という歌詞がありましたが、そのこととも関係していたんでしょうか?

そう、その通り。



――その「Taking A Page」ではCarole Kingの「So Far Away」という曲のフレーズを引用していますが、Carole Kingとは話したりしたんですか?

いや、でも彼女から直接Eメールをもらったんです。これから百万回グラミーをもらったとしても、あの瞬間には敵わないですね。そのぐらい、何かを成し遂げたような気分でした。

――でも、どうして「So Far Away」だったんでしょう?

あの曲がとても好きだったし、ホームシックや自分を見失う心境を、うまく表現していると思ったんです。


『Pacific Breeze: Japanese City Pop AOR & Boogie 1976-1986』


――ところで、本作にも参加しているVetiverのAndy Cabicが編纂した日本のシティ・ポップ・コンピ『Pacific Breeze: Japanese City Pop AOR & Boogie 1976-1986』は聴きましたか?

もちろん! あのコンピには入ってないけど、(大貫妙子の)「Les Aventures de Tintin」って曲は聴いたことありますか? 素晴らしいですよ。



そういえば前回ここに来た時に、TSUTAYAでシティ・ポップのカバーを描いているアーティストの展示をしていたんです。

――永井博さん?

そう! 彼が大好きです!

――実際、Andyがコーラスで参加した「Love Song」はちょっと日本のシティ・ポップっぽい気もしたんですが、偶然でしょうか?

クール! ありがとうございます。実は僕らはRoberta Flackを意識してたんですけど、日本のシティ・ポップも彼女を参照してたはずですしね。あとはBurt Bacharachとか。

――そういえば、最近Ned Dohenyにハマってるとか?

(小声で)I love Ned Doheny…。彼もすごくシティ・ポップですよね。

――彼は日本では人気があって、日本でしか出ていないアルバムもあるんですよ。

本当に? じゃあ後でタワーレコードで探すことにします。

――今回は他にもゲストが参加していますが、Cate Le Bonが参加している「Now All Gone」はCate Le Bonっぽいですし、Vashti Bunyanが参加している「Will I See You Tonight」はすごくVashti Bunyanっぽい曲だと思いました。曲を書く時に彼女たちをイメージしていたのでしょうか?

イエスでもあり、ノーでもあります。アルバムを作る前から、彼女たちにはぜひ参加してほしいと思っていました。曲を書いている過程で、この曲にはこんな人たちに参加してほしいというイメージが沸き上がってくるんです。「Now All Gone」は直感的にCateに歌ってほしいと思いましたし、「Will I See You Tonight」はVashtiに歌ってほしいと思いました。どちらもお互いが気持ちを告白しているというより、同じ気持ちを分け合っているような感じで歌っているんです。

――Cateはロサンゼルスに住んでいると思うんですが、Vashtiは今もスコットランドに住んでいるんですよね? どこで録音したんでしょう?

はい、だけど彼女はカリフォルニアに来ることも多いんです。家族がこっちに住んでいるので。




――ところで、「Now All Gone」でシンセを弾いている“Osian Georgeson”というのは、Noah Georgesonのお子さんですか?

そうです(笑)。3歳なんですけど、これは彼が参加した初めてのアルバムです。4台のシンセとギター、ベース、マイク、ペダル・スティールをセッティングして、そこに彼を放してみたら、他の楽器には向かわずに、シンセを弾き始めたんです。




――どのシンセを彼が弾いているのかはわかりますか?

もちろん。曲の最後のほうで聴こえるシンセです。

――このアルバムは、もしあなたに子供がいたら伝えたいことを歌っているそうですね。

はい、実際、自分の周りの人たちに子供が生まれるなかで、自分は親戚のおばさんのような感覚というか…自分のなかにも母性のようなものを感じますし。そういう自分のパーソナルな気持ちを曲にしたのが今回のアルバムなんですけど、これまではたとえば「マーカーってどんな気持ちなんだろう?」って思いながら、マーカーの視点で曲を書いたりしていました。それはそれで楽しいんですけど、アーティストとして常に違ったアプローチを取ることが大事だと思いますし、今回はそういうキャラクター・ソングみたいな曲はなくて、違った感覚で作品を作れたんです。だけど、自分がどんな人間かを表現するのって、すごく難しいんだなと改めて思いました。若い頃って、「自分はこれだけ沢山のことを知っているから、それを表現してやるぜ」みたいな感じですけど、歳を取るにつれて、自分が知っていることって、なんてちっぽけなんだって気づく。だからほんのちいさなことですけど、自分なりに子供たちに伝えたいことを書いてみたつもりです。

――今の発言がアルバム・タイトルの説明にもなっていると思うんですが、『Ma』はママ、母親でもあり、日本語の「間(Space)」でもあるそうですね。

そう、実は日本語のほうが先に浮かんだんです。最初は“Maria”にしようと思ってたんですよ。僕の母親の名前がMariaだから。ただ、Mariaは西洋ではポピュラーな名前ですけど、東洋では違うし、具体的すぎると思ったんです。でも“Ma”なら、世界の多くの国で、母親を意味していることがわかったので。

――京都のお寺でレコーディングを始めたというのも、アルバム・タイトルと関係しているんでしょうか?

もちろん。僕らが“間(Ma)”という言葉を知った場所でもあります。レコーディングの翌日、お寺への寄附としてお酒の瓶を渡して去ろうとしたら、お坊さんのひとりから「貫主が来るからお待ちなさい」と言われて、Noahと一緒に、掛け軸しかない広間に通されたんです。一時間近く待った後でようやく人が来たから、「あれは何て書いてあるんですか?」と訊いたら、たった一言だけ、「間」と呟いて。あれは自分が経験したなかでも、最高のパーティーでしたよ。

――「Memorial」では追悼式でプロポーズした人について歌っていますが、これは実話でしょうか?

そう。これは3人の亡くなった人たちについての曲で、そのうちのひとりはロサンゼルスのミュージシャンだったんです。だから彼の葬式では、たくさんの人たちやバンドが、彼の曲を演奏しました。その最中に、「パートナーにプロポーズしたい」という人がいたんですけど、僕は「これは葬式だから、ふさわしい場所じゃない」って答えたんです。でも亡くなったAsaの未亡人が、「彼ならきっと気に入ると思う」と言ってくれて。だから僕が泣きながら曲を歌った後に、その人がパートナーにプロポーズして、パートナーも「イエス」と答えたんです。とても奇妙でしたね。

――そのミュージシャンって、Asa Ferryという人ですか?

そう、彼はKind Hearts and Coronetsっていうバンドをやってたんです。

――確か前作にも、彼に捧げた曲が入っていましたよね。

そう、「Middle Names」という曲です。



――スペイン語で歌っている「October 12」は、特定の日のことを歌っているのでしょうか?

実はその曲も、親しい人が亡くなった日のことを歌っているんです。

――この曲に「太平洋(Pacific Ocean)」とクレジットがあるのはなぜですか?

海って、自然界における大いなる母親のようなものというか。実は今回のアルバムでは太平洋の音を録音していて、アルバム全体を通して鳴っているんです。聴こえないかもしれませんが、この曲だけ、かすかにそれが聴こえるから。

――「The Lost Coast」では”Garyが死んだ“と歌われていますが、Garyというのは、サンクス・クレジットに名前があるGary Burdenですか?

実はGaryというのは、Gary Banhart、僕の父親のことなんです。だけど最近亡くなったGary Burdenも友達で、偉大なデザイナーですよ。

――Gary Burdenとの思い出って何かありますか?

彼は僕に『Monkey Wrench Gang』っていう小説をくれたんです。彼が映画化の権利を持っていて、40年近く毎年お金を払い続けてたんですけど、結局実現しなくて。悲しいですよね。とてもクールな人で、ヒッピー版のコナン・オブライエンって感じでしたよ。



――スペイン語の「Abre Las Manos」ではあなたの母国ヴェネズエラの窮状について歌っていますし、「Kantori Ongaku」のビデオでもヴェネズエラへの寄附を求めていますが、今どんな状況なのでしょう?

とても酷くて、財政破綻している状態です。停滞していて、前進しそうにない。2年前に訪れた時、これ以上悪くなるはずがないと思ったんです。でも実際には、もっと酷くなっていた。世界中の人たちがヴェネズエラの状況を見守り続けて、ニュースで取り上げられ続けることが重要です。東京に電気もなくて、薬や食料も無い状況を想像してみてください。警察や政府に怯えながら、ギャングがはびこって、人を攻撃して殺している。終末的で、生きていくには恐ろしい場所です。毎日2000人もの人が国外脱出を図り、400万人の人たちが、実際にヴェネズエラを後にしている。平和的な解決には、国際的な協力が必要です。だけど僕は大統領がただの独裁者で、邪悪な人間だと考えるのはもうやめたんです。彼にも人間らしさがあるはずで、自分の胸に手を当てて考えれば、もう少し状況を緩和してくれるはずと信じて、希望を持って行動するようにしています。




Devendra Banhart - Ma
(Nonesuch)

1. Is This Nice?
2. Kantori Ongaku
3. Ami
4. Memorial
5. Carolina
6. Now All Gone .
7. Love Song
8. Abre Las Manos
9. Taking a Page
10. October 12
11. My Boyfriend’s In The Band
12. The Lost Coast
13. Will I See You Tonight?