評価:
Columbia
(2019-05-03)

吸血鬼の結婚

古い伝統的な形式を、新しい反抗的なメッセージで満たすこと。これからの時代にそんな音楽が力を持っていくだろうと語っていたのはDirty ProjectorsのDave Longstrethだが、そのDaveも参加したVampire Weekendの6年ぶりの新作を聴いていると、今まさにここで、その通りのことが起こっていると思わずにはいられない。

以前リーダーのEzra Koeningとのインタビューでも指摘したように、Vampire Weekendの過去3枚のアルバムは、すべてDirty Projectorsのアルバムの翌年にリリースされ、音楽的にも呼応するような内容になっていた。同じように本作『Father Of The Bride』もまた、参加メンバーを含めてDirty Projectorsの昨年のアルバム『Lamp Lit Prose』と多くの共通点を持っている。

まずは既に知られているように、バンドのオリジナル・メンバーであり、EzraのソングライティングにおけるパートナーでもあったRostam Batmanglijが2016年に脱退を表明。ベースのChris BaioとドラムのChris Tomsonはまだ在籍しているが、新作のプロモーションにおけるアーティスト写真はすべてEzra単独のものになっており、現時点でのVampire Weekendは実質、Ezraが他のミュージシャンたちとコラボレートするプロジェクトだと言えるだろう。

そしてもうひとつ本作に顕著なのが、Ezraがこれまで聴かず嫌いしていたというGrateful Deadに代表されるジャム・バンドへの傾倒だ。これはEzraがホストを務めるポッドキャスト番組『Time Crisis』のパートナーであり、Dave Longstrethの実兄であり、自らもRichard PicturesというGrateful Deadのカバー・バンドでギターを弾いているJake Longstreth(元Dear Nora)からの影響も大きかったのだろう。前作で鳴りを潜めていたギター・リフが再び息を吹き返し、「Rich Man」という曲では初期のバンドにも多大な影響を与えた“パームワイン・ミュージック”と呼ばれるアフリカン・ポップのパイオニア、S.E.Rogieのギターがサンプリングされているのだ。

全18曲、LPでは2枚組というこれまた古典的なロック・アルバムの体裁を取った本作における音楽性の変化は、Vampire Weekendが昨年からライブで披露していた、いくつかのカバー曲からも窺うことができる。George Harrisonが書いたThe Beatlesの「Here Comes The Sun」やLabi Siffreの「I Got The」、Gerry Raffertyの「Right Down The Line」といった曲がそれだが、いずれも過去のVampire Weekendの音楽性からは想像できない、シンガー・ソングライター的なアーティストの楽曲ばかりだ。

そんなアルバムは、Lorretta LynnとConway Twittyの「You're the Reason Our Kids are Ugly」や、George Jones & Tammy Wynetteの「(We're Not) The Jet Set」といった昔ながらのカントリー・ソングを参考にしたという、男女デュエットの「Hold You Now」で幕を開ける。もともとはナッシュヴィルの大物歌手にオファーする予定もあったそうだが、最終的にEzraの相手役を務めることになったのは、Haimの三姉妹の次女であるDanielle Haim。本作にはこの曲を含む、結婚をテーマにしたDanielleとの3曲のデュエットが収められ、スティーブ・マーティン主演の映画『花嫁のパパ(Father Of The Bride)』からタイトルを拝借したというアルバムの、重要な軸になっている。

もちろん、プロダクション面においては前作に引き続きAriel Rechtshaidや元メンバーのRostam Batmanglij、さらにはBloodPopやLudwig Göransson、DJ Dahiといったポップ/R&B畑のプロデューサーたちを招き、The InternetのSteve Lacyとのコラボレートにも挑戦しているのだが、面白いのは彼らの参加した曲のほうがむしろ王道のポップスからは離れた、クラシカルなスタイルの曲になっているということだ(例外と言えるのは、Louis Coleとの共演でも知られるサックス奏者、Sam Gendelと共作した「Flower Moon」と「Spring Snow」の2曲か)。

ではそんな本作の古い伝統的な形式を満たす、新しい反抗的なメッセージとは何なのだろう? たとえばオープニングの「Hold You Now」では、太平洋戦争を描いたテレンス・マリック監督の映画『シン・レッド・ライン』の挿入歌であり、日本軍と連合軍の激戦の舞台となったソロモン諸島に伝わる賛美歌がサンプリングされ、フラメンコとテクノを融合したような驚愕のナンバー「Sympathy」では、アメリカの軍事拠点であるディエゴ・ガルシア島の名前を挙げながら、ユダヤ教とキリスト教の敵対関係が歌われている。

そしてラストの「Jerusalem, New York, Berlin」で歌われる“1917年からの終わりのない会話”というフレーズが意味しているのは、第一次世界大戦中のイギリス政府が、パレスチナにユダヤ人の国家を建設することを条件に、アメリカにドイツと戦うよう求めたバルフォア宣言だ。これがユダヤ人に対するドイツの反感を生むことになるのだが、ご存知のようにEzra自身もユダヤ人であり、Ezraの私生活でのパートナーであるRashida Jonesもまた、アフリカ系アメリカ人のQuincy Jonesと、ユダヤ系アメリカ人の女優Peggy Liptonとの間に生まれたハーフである。

George Harrisonのヒット曲「Got My Mind Set on You」によく似た「Stranger」にはRashidaの姉であるKidadaの名前が登場するが、実はRashidaが17歳の時に、父親のQuincy Jonesに対して“白人のビッチを孕ませて混血児を産んだ”と発言したラッパーの2Pacに抗議文を送り、それがきっかけでKidadaと2Pacの交際に発展、婚約に至ったというエピソードが残されている。結局2Pacが凶弾に倒れたことで実現はしなかったが、2PacとEzraが義理の兄弟になっていたかもしれないという事実は、本作のテーマを考えると興味深い。

スコットランドのトラッド・フォーク・ソングを思わせる「We Belong Together」で、Ezraはこんな風に歌っている。

 僕らは相性がいい/聴覚と視覚
 ブラックとホワイト/昼と夜みたいに
 僕らは相性がいい/左と右みたいに

さまざまな宗教や人種の違いを越えて結ばれようとする若者たちと、それを阻もうとする歴史や、古いしきたり。実際には結婚という選択肢を取らなかったそうだが、昨年Rashidaとの間に息子が生まれ、自身も父親となったEzra Koenigが、音楽を通してその宗教的な儀式の持つ意味を考えてみたのが、本作『Father Of The Bride』だと言えるのかもしない。