photo by Alissa Anderson

一昨年シアトルのLight In The Atticからリリースされて話題となった日本の70年代フォーク・ロックのコンピレーション『Even a Tree Can Shed Tears: Japanese Folk & Rock 1969-1973』。その続編として、今度は70年代後半の日本の“シティ・ポップ”に焦点を当てたコンピレーション『Pacific Breeze: Japanese City Pop, AOR & Boogie 1976-1986』が、5月3日にリリースされます。

選曲を担当したのはDJのZach Cowieと、インターネット局DublabのFrostyことMark McNeill、そしてロック・バンドVetiverのリーダーでもあるAndy Cabic。というわけで昨年のKevin Krauterに引き続き、今回はAndyに日本のポップスとの出会いやヨット・ロック、リメイク盤も話題な『HOSONO HOUSE』などについて聞いてみました。

『HOSONO HOUSE』からはライ・クーダーやランディ・ニューマン
ダニー・コーチマーの影響も感じられる


――Devendra Banhartによれば、細野晴臣の音楽を最初に彼に聴かせたのはあなただったそうですが、日本の音楽に興味を持ったのはいつ頃ですか?

最初に日本の音楽に接したのがいつだったのかは、確かじゃないんだ。イエロー・マジック・オーケストラのセルフ・タイトルのアルバムか、ピチカート・ファイヴの『Made In USA』が、たぶん90年代に僕が初めて聴いた日本のアルバムだったと思う。「Baby Love Child」には大きな衝撃を受けたよ。



最初に日本を訪れたのは僕がTussleというバンドをやっていた時で、2003年頃だね。その時に『Shimauta Pops in 60's -70's』っていう、お気に入りのCDを見つけたのを覚えているよ。それから2006年に、Devendra Banhartと演奏するために戻ってきた。その時は(Espersの)Otto Hauserと一緒に滞在を延長して、京都や大阪のレコード・ストアに行ったね。



たくさんの試聴機や、日本の名盤が並んでいるタワーレコードに行ったのも覚えているよ。そこにいつまでも立って、聴いたことのないアーティストやアルバムを聴き続けては、CDの山と一緒に帰ったんだ。エイプリル・フールやはっぴいえんど、シュガー・ベイブ、細野晴臣の『はらいそ』とかね。数年後にUKのブライトンでDip In The PoolのLPを、それからどこかでサディスティック・ミカ・バンドのアルバムを見つけて僕の興味は頂点に達し、2012年にDevendraと日本に戻った時には、ツアー中にたくさんの発掘と調査をしたよ。友達の由布が、僕が日本のシティ・ポップに興味を持ってるってことを広めてくれて、たくさんの優しい人たちが、レコードの贈り物を持ってショウに足を運んでくれた。僕と会った人たちが、親しく熱心に音楽を共有してくれたことに本当に感謝しているよ。

――ブリージーなアートワークも含めて、日本のシティ・ポップはアメリカの“ヨット・ロック”と通じるものがあると思います。個人的にVetiverの「Everyday」とFruit Batsの「You're Too Weird」はヨット・ロック・リヴァイヴァルの最初の波だったと思うのですが、あなたがそういった音楽をかけるDJイベント“Mellow Shots”を始めたきっかけは?





僕は“ヨット・ロック”を聴いて育ったんだ。僕は70年代生まれだから、小さい頃、家族と旅行中にカー・ラジオで流れていたのはこういう音楽、洗練された西海岸のポップ・ミュージックだった。贅沢なサウンド・プロダクションや、たぶんChristopher Crossの「Sailing」にちなんでいることを除けば、それがどうしてヨットと結びついているのかわからないけど、とにかく僕はこの世代の音楽を聴いて育った。慣れ親しんだ食べ物みたいな音楽だったんだ。“Mellow Shots”はサンフランシスコのロック・バーで、僕と友達のChris Fallonが数年間やっていたイベントで、音楽的にメロウなものに浸っていたんだ。70年代のポップ・ミュージックに限らず、ジャズやカントリー、R&B、エレクトロニックとか、自分たちが好きで、その感覚にフィットするものならなんでもね。

 
※Mellow Shotsのフライヤー


――あなたは日本のデュオ、Chocolat & Akitoとも親しいそうですが、彼らから音楽を教えてもらったりしましたか?

彼らとは共通の友人を通じて知り合ったんだ。写真家でミュージシャンのTerri Loewenthalや、アーティストのNathaniel RusselやThe Mattson 2とかね。僕らは知り合いで彼らの音楽も好きだけど、そこまで音楽を共有したわけではなかったかな。日本の音楽のほとんどは自分自身か、Zach Cowieや富田和樹、守田由布といった日本の友達を通じて見つけたものだよ。

――あなたとDJのZach Cowie、DublabのFrostyが担当した『Pacific Breeze: Japanese City Pop, AOR & Boogie 1976-1986』の選曲は、どのように進められたのでしょう?

電話やメールで好きなアーティストや曲のリストを送り合ったんだ。そこからはライセンスの問題だけが大変だったけど、Light In The Atticが我慢強く対応してくれたよ。

――収録したかったけど実現しなかった曲はありますか?

シュガー・ベイブの「SUGAR」と、ブレッド&バターの「ピンク・シャドウ」とかかな。



――ところで、日本で一番愛されている細野晴臣のアルバムはおそらく『HOSONO HOUSE』で、本人によるリメイク作が先日リリースされたぐらいなのですが、アメリカではもっと後の、『Philharmony』のようなアルバムのほうが人気があるような気がします。これについてはどう思いますか? 『HOSONO HOUSE』はJames TaylorやLittle Featに似ているから、アメリカ人にとっては新鮮味がないのでしょうか?

それは興味深いね。僕も『HOSONO HOUSE』は好きだけど、そこまで聴くわけじゃない。「恋は桃色」は素晴らしいけどね。もっと聴かなくちゃ! 僕の好きな細野のソロ・アルバムは『はらいそ』で、好きな曲は「Exotica Lullaby」、swing slow(越美晴+細野晴臣)の「Capybara」、はっぴいえんどの「夏なんです」と「風をあつめて」だね。確かに彼の70年代のソロ作にはJames TaylorやLittle Featを感じるし、Ry CooderやRandy Newman、Danny Kortchmarなんかもね。膨大な作品のカタログがあるから、誰にとっても何か感じるものがあると思う。



――Little Featのメンバーが参加した鈴木茂のアルバム『BAND WAGON』は聴いたことがありますか?

うん、好きだよ。だけどLittle Feat関連で言うなら、矢野顕子の『Japanese Girl』のほうが好きだね。

――アメリカでは今、Little Featはどのように受け止められているのでしょう?

Little Featの音楽はとても幅広いから、うまく説明するのは難しい。彼らの音楽には感動させられる時もあれば、すり抜けていってしまう時もあるけど、その音楽性やグルーヴには疑問の余地がないよ。その影響にも関わらず、一般的にも、ジャム・バンドのシーンでも彼らについて語られることは少ない。どうしてだかわからないよ。たくさんのアメリカ音楽を、ユニークで、長続きするやり方でひとつにしたのにね。

――Vetiverや、その他のプロジェクトの近況についても教えてください。

次のVetiverのアルバムを完成させて、今年中にリリースしようと思っているところ。それから、Spacebombがちょうど僕とFruit BatsのEricのスプリットLPをリリースしたよ。また日本に行きたいと思っているから、誰か良いアイデアがあったら声を掛けてほしいな。



V.A.『Pacific Breeze: Japanese City Pop, AOR & Boogie 1976-1986』
(Light In The Attic)
2019.5.3. release

1. 惣領智子 - I Say Who
2.大貫妙子 - くすりをたくさん
3. 吉田美奈子 - Midnight Driver
4. 佐藤奈々子 - サブタレニアン二人ぼっち
5. 細野晴臣 - スポーツマン
6. 小林泉美 - コーヒー・ルンバ
7. F.O.E. - IN MY JUNGLE
8. Seaside Lovers - Sun Bathing
9. 佐藤 博 - Say Goodbye
10. 高橋幸宏 - Drip Dry Eyes
11. 高中正義 - BAMBOO VENDOR
12. 鈴木茂 - Lady pink panther
13. 細野 晴臣、石川 鷹彦、松任谷 正隆 - ミコノスの花嫁
14. 阿川泰子 - L.A. NIGHT
15. 当山ひとみ - エキゾティック横顔
16. 豊島たづみ - 待ちぼうけ