ウィスコンシン州マディソンのミュージシャン、Julian Lynchを紹介する時に必ず枕詞になるのが、“人類学と音楽民族学の博士候補生”という肩書きだ。それだけに、彼の作品を飾るエキゾチックなアートワークや、ハルモニウム、タブラといった楽器の音色から、どこか学究的なイメージを受けていた人も多いかもしれない。

しかしながら、盟友Martin CourtneyのバンドReal Estateへの参加を経て届けられた6年ぶりの新作『Rat's Spit』で、彼はRobert FrippやSteve Vai、Henry Kaiser、Adrian Belewといったイノヴェイティヴなギタリストたちに触発されたという、本当の意味でモダンなポップ・ミュージックを作り上げている。

博士課程の一環でインドのムンバイに滞在していた2016年、大統領選の結果を受けて歌詞と曲のほとんどを書き直したという本作は、不穏な時代の空気を反映しつつも、幾重にも重ねられたギターと歌声が、宙に浮き上がるような不思議な高揚感を与えてくれるのだ。そんな新作について、最近はヤン・シュヴァンクマイエル作品で知られるズデニェク・リシュカや、伊福部昭の映画音楽にもハマっているというJulianに話を聞いてみた。


ギターには自分が想像していた以上の可能性がある


──あなたは以前スミソニアン・フォークウェイズで働いていたことがあるそうですが、2010年にリリースされた7インチ・シングル「Droplet On A Hot Stone」のサンクス・クレジットに書いてあった、“2008年のスミソニアン・フォークライフ・フェスティバルのブータン・プログラム”というのは何なのでしょう?

ワシントンDCでは毎年スミソニアン・フォークライフ・フェスティバルというフェスが開催されていて、スミソニアン・フォークウェイズのたくさんの人たちが手助けしているんだ。そのフェスティバルには違う地域や文化のグループを交代でフィーチャーするプログラムがあって、2008年はブータンがフィーチャーされていた。だからフェスティバルにもブータンのアートや音楽、フードなんかが出展していて、あの7インチのジャケットの絵も、フェスティバルに展示されていたアート作品の写真を拡大したものなんだよ。



──フジロックフェスティバル出演を含む、Real Estateとのツアーはいかがでしたか?

Real Estateとの演奏は楽しかったし、素晴らしいミュージシャンたちや、親しい友人たちと共演できて本当にラッキーだったよ。ジャパン・ツアーも素晴らしかった! 戻るのが待ちきれないよ。実際にはフジロックで演奏しただけだったけど、一週間ぐらい東京に滞在したんだ。(日本でのレーベル、PLANCHAのオーナーの)央志がたくさんの素晴らしい場所を紹介してくれたよ。

──新作のタイトルに驚いたのですが、どうして『Rat's Spit』(ネズミの唾)というタイトルを付けたのでしょう? 過去にも「Carios Kelleyi」や「Horse Chestnut」という曲がありましたが、音楽民族学や人類学だけでなくて、生物学にも興味があるのでしょうか?

生物学にも少し興味があるし、植物や動物について言及するのは、確かに僕の曲名や歌詞に共通していると言えるね。たとえば、僕の作品を通して流れているテーマは馬で、それはセカンド・アルバムの『Mare』から始まっている。でも『Rat's Spit』という名前に関して言えば、それは1984年の『ダンジョンマスター』っていう映画に登場するキャラクターから来てるんだ。



──Real EstateのMartin Courtneyは、彼らの「Same Sun」という曲にハーモニーを付けたのはあなただと話していましたが、このアルバムでのあなたのハーモニーもすごく印象的です。普段はハーモニーに対してどのようにアプローチしているのでしょう?

ありがとう! ヴォーカルのハーモニーはずっと好きだったし、自分の音楽に取り入れる時は、型にはまらないように、時として不協和音ギリギリにするのが好きなんだ。「Same Sun」で僕が歌っているパートも、ハーモニーというよりは対位法的なメロディで、僕は自分の音楽に対位法を使うのも好きなんだ。



──あなたの作品のアコースティック・ギターの音は、マンドリンか何かのように聴こえる部分もありますが、実際にはどんな弦楽器を使っているのでしょう?

いくつかの曲(たとえば「Floater」とか)では、12弦アコースティック・ギターを使っているんだ。たぶんそれがマンドリンみたいに聴こえたんじゃないかな。僕は古い12弦のアコースティック・ギターを持っていて、それをサード・アルバムの『Terra』から使ってるんだ。6弦のアコギも使うけどね。Martinの6弦を持っていて、それを使うことが多いけど、サウンドが気に入ったら、友達からギターを借りることもあるよ。

──本作の制作中に博士課程の一環でインドのムンバイに滞在していたそうなので、「Baa」というタイトルはおそらくヒンディー語だと思うのですが、この曲や「Reallu」というタイトルは何を意味しているのでしょう?

実際には「Baa」も「Reallu」も、何の意味もないんだ! 自分がそれを選んだのは響きが良いのと、書いた時に見映えが良かったからだよ(笑)。

──ムンバイ滞在中に、これまで書き溜めていた曲や歌詞をほとんど書き直したそうですが、当時の環境はアルバムにどんな影響を与えましたか?

ムンバイで暮らしている頃には、このアルバムに取り掛かって5年も過ぎていたから、曲を完成させるために、自分自身にプレッシャーをかけていた。それに、長い期間家を離れている時のほうが、曲作りに対して生産的になれるんだ。気をそらすものがないからかな。それに僕が滞在していた場所にはインターネットがなかったから、そのおかげで曲作りに集中できたんだと思うよ!

──最近は伊福部昭とズデニェク・リシュカの映画音楽がお気に入りだそうですが、特に好きな作品は何ですか?

『大魔神』での伊福部昭の音楽が大好きだよ! ズデニェク・リシュカのことは、ヤン・シュヴァンクマイエルの短編映画を観ていて知ったんだ。今でも、そうした楽曲が僕の好きなリシュカの作品だよ(たとえば1966年の『エトセトラ』の音楽とかね)。



──本作ではRobert Frippや『Flex-Able』の頃のSteve Vai、Henry Kaiserといったギタリストたちに影響を受けているそうですが、特にHenry Kaiserからは、どんなところに影響を受けましたか?

Henry Kaiserが使っている特定のテクニックを指摘できるかどうかはわからないけど、僕が彼の音楽を楽しめるようになったのは、彼がギターで作り出すサウンドの幅のおかげだったんだ。僕はギターを演奏することに飽きてしまった時期があったんだけど、誰かがこの楽器から予測できない音のパレットを作り出しているのを聴くことで、そこには自分が想像していた以上の可能性があるんだと、感じることができたんだと思う。例として挙げると、Kaiserの『Aloha』、『It's A Wonderful Life』、そして『Outside Pleasure』なんかだね。僕のお気に入りの3枚だよ。

──Adrian Belewにも影響を受けているそうですが、ギターに聴こえない音を作り出すために、彼のトレードマークでもあるMIDIピックアップを使ったりしたのでしょうか? ちなみに、このビデオは見たことがありますか?



うん、MIDIピックアップとRolandのGI-10を使って、いくつかのシンセを操作したよ(Roland JV-1010、JV-880、JP-08、YAMAHAのTG300、Moog Mother 32なんかだね)。僕はAdrian Belewが大好きで、彼の音楽はギターにMIDIピックアップを使うことに魅了された理由のひとつなんだ! でもこのビデオは見たことなかったよ! 送ってくれてありがとう!