評価:
Asthmatic Kitty
(2019-01-11)

風のささやき

2017年の12月20日に、恋人から突然手紙で別れを告げられたカリフォルニアのシンガー・ソングライター、Angelo De Augustine。失意の中、クリスマスで賑やかな街をよそに5日間曲を書き続けた彼はその二ヶ月後、ニューヨークに住むピアニストでプロデューサーのThomas Bartlettを訪れ、同じく5日間でアルバムをレコーディングしている。こうして完成したのが、Sufjan StevensのレーベルAsthmatic Kittyからリリースされた、Angeloの初めてのスタジオ録音となる本作『Tomb』だ。


Angeloの母親は、映画『ダーティ・ダンシング』の挿入歌「She’s Like The Wind」を、主演俳優のパトリック・スウェイジとデュエットしていたシンガーのWendy Fraser。父親はスタジオ・ドラマーだったが、Angeloが5歳の時に、彼は妻と子を捨てて家を出て行ってしまう。音楽が両親を引き裂く原因になったと思い込み、サッカー選手を目指していたAngeloだったが、怪我でプレイを続けることが出来なくなった彼に親戚がギターをプレゼントしてくれたことをきっかけに、次第に音楽への情熱を取り戻していったのだという。



そんなAngeloは、自分と同じように母親に捨てられた過去を持つ女性に出会い、初めて心を許し合う関係になるが、彼女はやがて“ジョン・レノンみたいな格好をして/ビートルズのカバー・バンドで演奏している”かつての恋人のもとへと去ってしまう。皮肉にも本作にはジョン・レノンが歌ったビートルズの「Norwegian Wood(This Bird Has Flown)」を思わせる「Bird Has Flown」なる曲が収められているが、Angeloが母親の歌っていた「She’s Like The Wind」の意味を本当に理解したのも、恋人に別れを告げられてからだったという。 Angeloの心を奪い、風のように去っていった女性。それは1987年に書かれた「She’s Like The Wind」に登場する女性そのものであり、同時にまた、Angeloと母親を捨てて去っていった父親にも重なって見えたのだ。





アルバムのアートワークには子供の頃のAngeloと、その両親と思しき写真があしらわれており、囁くような歌声や、アコースティック・ギターとピアノを基調とした演奏も含めて、本作はレーベル・オーナーでもあるSufjan Stevensの『Carrie & Lowell』とよく似ている。 恋人に対しても父親に対しても、自分がもっと気にかけていれば、引き止められたのではないかという後悔。だがその感情を隠すのではなく、曲にして歌うことが、Angelo自身にとっても癒しになっていたのだという。そして『Tomb(墓)』という本作のタイトルを聞くと、以前スウェーデンのシンガー・ソングライターJens Lekmanが語ってくれた、こんな言葉を思い出さずにはいられない。

「このアルバムにはいろんな感情や時間が詰まっていて、ぼくはそれを墓石のようにそこに置いたまま、どこかへ行けるような気がしたんだ」

Angeloにとっては終わりではなく、始まりだという本作を作ることで、彼はようやく背負っていた重荷を下ろして、前に進むことができたのかもしれない。