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[INTERVIEW] Julien Baker


まだあどけなさの残るテネシー州メンフィスのシンガー・ソングライター、Julien Baker。自動車事故で九死に一生を得た経験を歌った「Blacktop」で幕を開けるファースト・アルバム『Sprained Ankle』は、彼女が19歳だった2015年にリリースされると、その神様に宛てたラブレターのような歌で、多くの人たちの心を掴むことになった。

その後名門インディー・レーベルMatadorと契約し、新作『Turn Out The Lights』をリリースしたばかりの彼女が、来年1月に初来日を果たす。それを記念して、Big Starなどで知られるメンフィスのアーデント・スタジオで録音された新作のことや、クリスチャンでもある自身の信仰について、電話でじっくりと語ってくれた。
「神は、地獄へ落としたいという理由だけで、
 醜いものや酷いものを作ったりしますか?」


──あなたは高校時代にThe Star Killersというバンドを組んでいたそうですが、それが最初のバンドですか? バンドにいた頃は自分のオリジナル曲は書いていなかったのでしょうか?

The Star Killersが、定期的に練習したりライブをやったりしていた最初のバンドだったわ。それ以前にも近所の人たちと集まってカバー・ソングをやったりしていたけど、その時は特にライブをやろうなんて目的はなかった。The Star Killersが最初の本格的なバンドね。曲は全てオリジナルだったわ。レコードやEPもリリースしたのよ。

──その時はバンド全員で作曲していたのでしょうか? あなただけ?

歌詞の大部分は私が作っていたけど、みんなが協力して作るというプロセスだったわ。私が制作途中のリフを持ち込んで、そのリフを演奏しながら、みんなで曲を作り上げていく、という感じ。

──今はライブでも作品でも基本的にひとりで演奏していますが、自分の曲をバンド編成で演奏することを考えたりしますか?

今作ではなくて、次のアルバムではフル・バンドと一緒にやってみたらとても面白いと思う。ファースト・アルバムの『Sprained Ankle』は私だけの演奏だし、今回のアルバムは楽器や参加者が少しは増えたけど、まだ結構少ない方でしょ。だから今後またバンドと一緒に演奏できたら面白いと思うわ。

──その『Sprained Ankle』を、シンガー・ソングライターのMatthew E. Whiteが所有するヴァージニアのSpacebombスタジオで録音することになったきっかけは?

私とエンジニアのMichael Hegnerは大学が一緒だったの。テネシー州立大学にはとても良い、音響録音科があって、私たちはその学科の生徒だった。Michaelはヴァージニア出身だったから、夏休みは地元に帰って夏の間だけインターンとしてSpacebombで働いていた。その時に、無料でスタジオが使えるよ、と私に教えてくれたの。そこで私はヴァージニアへ行き、無料でスタジオを使えるときはなるべく使用させてもらい、アルバムを完成させたの。だから、嬉しい偶然なのよ。Spacebombスタジオは素晴らしいレコーディング・スタジオだけど、特にそこでレコーディングしたいというわけではなかったの。そういう機会に恵まれたから、そこでレコーディングすることになって結果として素晴らしい体験ができたの。Michaelは以前、大学でも一緒にレコーディングをしていたから、彼は確かに腕の良いエンジニアだけど。



──ファースト・アルバムの「Blacktop」や新作の「Hurt Less」で歌われている自動車事故は、実際にあった出来事なのでしょうか? 

自動車事故に遭ったことはあるわよ。車を大破したのは3回。運転手として運が悪いのかもしれない(笑)。

──それはすごい! 無事で何よりです。

そうなの! しかも、その事故が毎回とっても生々しくて…。「Blacktop」で歌っているのは、巨大なコンクリートの電柱が私の車の上に倒れてきたの。車の屋根はグニャりとへこみ、ワイパーは粉々になった。車は前から後ろまで潰された。私の頭のすぐ6インチ横でそうなったの。私がもし数センチ右にいたら、私の頭も電柱に切り落とされていたわね。別の自動車事故では、赤信号の交差点で止まっていた時、飲酒運転の車が信号無視をして交差点を突っ切り、私の車に突っ込んだの。車の運転手側が潰れたわ。車はめちゃくちゃになったわよ。幸い保険に入っていたから、新しいドアを付け替えたりできたけど…それにしても、私の周りにはこんな酷い事故が起きるの。バンパーが欠けたとかそんなレベルの話じゃなくて、車が大破されて、一歩間違えれば運転手に死の危険があるような…だけど、私は自動車事故に遭っても一度も怪我をしたことがないの。不思議でしょ? だから私には自動車事故に対する潜在的恐怖があるのかもしれない。

──それ以前と以後で、何か変わったことはありますか?

これは自動車事故に関わらず言えることだと思うけど、命の危険がある状況にいて、そこから無事抜け出せると、世の中に存在する潜在的な危険性をより強く意識するようになる。その一方で、命のありがたみを感じることもできるから自分の行いに気を付けるようになる。二つの相反する考えができるようになる。つまり、危険な状況でも無事だったという経験から、自分は無敵だ、と感じる一方で、あらゆることが起こりうるこの世界で、自分の体がここに存在しているということが、どれほど尊いことかが実感できる。

──前作のリリース後に、Elliott Smithのトリビュート・アルバムに参加して「Ballad of Big Nothing」をカバーしていましたが、なぜあの曲を選んだのでしょう?

まずはElliott Smithのディスコグラフィ全てが大好きだから。「Ballad of Big Nothing」は私が率先して選んだというわけではなくて、私にこのオファーが来た時には、カバーできる曲が残り少なかったの。その中から私が一番好きな曲を選んだ。最初この話が来た時に、どの曲を選んでもいいと思ったから、「Angeles」にしようと思っていた。でも、もし私が「Angeles」をカバーしたらエリオット・スミスのバージョンと全く同じようになっていたから、違う曲を選んで正解だったわ。 「Ballad of Big Nothing」の方がカバーをしていてクリエイティブになれたし、アレンジもできたと思う。



──今年に入ってからあなたのアイドルでもあるBen Gibbardとツアーして、彼のバンド、Death Cab For Cutieの「Photobooth」を一緒に歌った経験はいかがでしたか?

素晴らしかったわ! 言葉で明確に説明するのができないくらい素敵な体験だった。Ben Gibbardと言ったら私が中2の時からDeath Cab For Cutieを聴いていたんだもの。自分の部屋でDeath Cabを聴きながら作曲の仕方を研究していた。私の今の作曲方法は、Death Cabに大きな影響を受けている。だから、自分で何度も歌っていた「Photobooth」をBen Gibbard本人と一緒に歌うという体験はすごく非現実的だった。でも、人間味を感じられる経験でもあった。よく「憧れの人に実際会うとがっかりするから、会わずにいる方がいい」と言うけど、Ben Gibbardはそんなことなかった。まず、彼は本当に優しい人なの。とても思いやりがあって、たくさん話してくれた。私が長年、尊敬していた人と普通の会話ができるというのはすごいと思った。Death Cabは巨大な影響力を持つ伝説のバンドだと思っていたから。実際にそうなんだけど、ビッグなアーティストなのに、ビッグな振る舞いをしていないことに安心したわ。彼らもジャムセッションするのが好きな、普通の人間なんだって分かったわ。



──最近出たイギリスのバンド、Frightened RabbitのEPにも参加していましたが、あれはどういった経緯で実現したのでしょう?

わーい! フラビット! インタビューで、他のアーティストについて聞かれるのは大好きよ。私とFrightened Rabbitの関係は、『Sprained Ankle』の曲をリリースする前からなの。何年も前、Frightened RabbitがThe Nationalの前座をやっていたのを見たことがあって、その時に初めて聞いたんだけど、彼らは素晴らしかった。以来、私はFrightened Rabbitの大ファンになり、彼らの音楽に夢中になった。それから、ブッキング・エージェントの計らいで、 Frightened Rabbitのライブに私が参加できることになった。それで彼らと一緒にライブを4、5回やり、知り合いになることができた。一緒に歌ったり、演奏したりするのはすごく楽しかった。その後、Frightened RabbitがEPを制作している時に、メンバーのScottからメールがあり、「君の声はこの曲にすごく合うと思う」と言ってくれた。私はすぐにOKしたわ。彼らのEPに参加できてすごく嬉しかった。



──新作はメンフィスの伝説的なアーデント・スタジオでレコーディングされていますが、あなたの地元だという以外に、何か理由はあったのでしょうか?

私の地元だということが大きな理由だったわね。スタジオの可能性というのは幅広くて、世界トップクラスのスタジオでレコーディングしてもいいし、誰かのベッドルームでマイクを何本か使ってレコーディングすることもできる。機材が少なくてもやれることはたくさんあって、私はそういう方法でレコーディングした経験もある。だから今回は、プロフェッショナルなスタジオでどんなことができるかやってみたかったの。私は今まで、誰かのベッドルームや誰かの実家の屋根裏部屋などでレコーディングしてきたことがほとんどなの。Spacebombでレコーディングしたことはあるけど、あの時はあまり時間がなかった。だから、今回、どんなスタジオでもレコーディング可能という状況になった時、色々考えたの。ニューヨークやロサンゼルスにある超有名スタジオに行ったとしても、そこには馴染みがないし、方向性としてやりすぎかなと思ったの。そこで、その中間を取った時に挙がったのがアーデント・スタジオだった。私にぴったりな場所だと思った。伝説的なアルバムが何枚も生み出されている世界トップクラスのスタジオだし、Big StarのJody Stephensが運営している。私たちがレコーディングしている時に彼が来てくれて、私は驚愕したわ!「Big Star だ!」って(笑)。とにかく、アーデントは、プロフェッショナルで色々な部屋や機材があると同時に、馴染みがあって快適なスタジオだった。アルバムを一緒に完成させてくれたエンジニアはCalvin Lauberというメンフィス在住の人で、私が13歳の頃から知っている人なの。スタジオの場所も自宅のすぐ裏だったし、最高だったわ! アーデントはメンフィスの街自体を象徴していると思う。そこには、素晴らしいものがたくさんあって、伝説的なんだけど、同時に、親しみやすくて、無機質な感じはなく、エリート意識もない。誰にとっても近づきやすい雰囲気がある。

──実際に、ピアノやストリングスを取り入れた本作のプロダクションやホーンテッドな雰囲気は、アーデントで録音されたBig Starの『Third』を連想させました。偶然でしょうか?

少ない要素でメリハリを出すスタイルというものに魅力を感じるの。私は確かにBig Starの大ファンだし、よく、メンフィス出身のアーティストとしてどのくらいメンフィスの音楽が私の音楽的感覚に影響を与えたか、と聞かれるんだけど、今回特に、Big Starの『Third』を聴いて、このアルバムの影響を主に受けた、というのではなく、そういう音楽に対する認識を常に持って育ったから、メンフィスの文化が身に染みているんだと思う。そういう影響から、曲に対する態度が無意識に出来上がっていて、曲の作り方も自然にそういう風になっているんだと思う。これはメンフィス特有というか、他のメンフィス出身の人たちも、私と似たような特有な曲の作り方をしていることがわかったの。メンフィスの、実験的で少し変わった音楽という概念がメンフィス出身の人たちの奥底にあるのよ。

──アルバムのストリングス・アレンジもあなた自身が手掛けたのでしょうか? なにか参考にした作品はありましたか?

ストリングスのアレンジは私ではないわ。Camille Faulknerという大学時代の友人が手掛けてくれたの。私たちは一緒のバンドでプレイしたことはないけど、バンド同士で一緒に演奏したことがあった。彼女はストリングス担当で才能があるとわかっていた。今回のアルバムにはストリングスを入れたいと思っていたけど、ストリングスのパートを書いたことがなかったから、彼女に頼んだの。曲をメールして「おおまかにだけど、こんな感じのイメージで」と伝えた。イメージしている雰囲気を伝えて、彼女にストリングスのアレンジをしてもらったの。自分が信頼するミュージシャンに参加してもらいたかった。参加してもらう人たちには、私が1音1音すべて指示するのではなく、自由にやってもらいたかった。そういう協力的なプロセスの方が曲も発展するから。それに、私も曲に対する新たな見方ができる。Camilleは私が思いつかないようなパートを書くことができるから、私は彼女を信頼してパートを作ってもらった。Camilleのストリングスで面白いのは、ペダルを幾つも使ってオクターブの切替えをするから、1つの楽器なのに5つの楽器を演奏しているみたいに聴こえるところよ。

──今回はピアノを弾く曲も増えていますが、ピアノとギター、どちらを弾くかはどうやって決めているのでしょう? ピアニストとして、ギタリストとして影響を受けたミュージシャンがいたら教えてください。

前回のアルバムにはピアノの曲が1曲しかなかったから、今回はピアノをたくさん使おうと思っていた。最初に習った楽器がピアノで、後からギターを独学で習ったからピアノ歴はかなり長いの。メンフィスに戻った時、家にピアノがあったから、ピアノを弾く機会が増え、今回のアルバムの作曲もピアノで色々やってみるということが多かった。ピアノで作曲をする時は、即興というか、ギターでもそうなんだけど、弾いている時は、何の目的も持たずに弾いているの。そうやっていて、何か面白い音が出たら、それを保存したり繰り返したりして即興を続けて音を発展させる ピアノは長時間弾いていられるわ。1時間とか。悲しいことがあると、静かにピアノだけをずっと弾いているわ。歌をつけずにね。瞑想しているような感じがするの。ギターを弾いている時も瞑想している感覚がするわ。ピアノで影響を受けたミュージシャンは、さっきDeath Cabの話をしたけど、Death Cabの「Different Names For The Same Thing」や「What Sarah Said」は、シンプルな曲で、私が最初に弾けるようになった曲よ。昔のDeath Cabの曲。あと「Passenger Seat」とか。Death Cabのライブの面白いところは、フルバンドで演奏したり、アコースティックで演奏したりするのを切り替わるところね。ピアノだけの曲もあるし、ピアノとフル・バンドの曲もある。他にもOlafur Arnaldsとか、インストゥルメンタルの作曲家の音楽もよく聴いている。そういう作曲家の作品もとても尊敬しているの。ピアノの影響はそういうところからも来ている。



──アルバムの最初に入っているのはスタジオのドアが閉まる音ですか? あれにはどんな意図があったのでしょう?

あれは、スタジオのドアの閉まる音で、私がピアノに近づいていくところなの。「Over」という曲から始まるんだけど、「Overture(序曲)」という意味も含まれている。最初の曲が「Over(おしまい)」というのもひねりがきいていて面白いと思ったの。終わりは始まりでもある、という物事の循環性を表していると思う。それから序曲としての意味もあった。序曲の目的というのは、作品全体に通じる、繰り返し登場する音のテーマや楽器を紹介することなの。「Over」は、次の曲「Appointments」の関係短調で始まって、途中で短調が長調に変わる。ダークなサウンドから希望を感じられるサウンドへの変化というアイデアを、オープニング曲を聴いたリスナーの頭の中に植え付けたら面白いなと思ったの。このアイデアは作品を通して繰り返し出てくるものだから。



──「Hurt Less」ではThe Star Killers改めForristerのドラマーだったMatthew Gilliamとデュエットしていますが、どうして彼に歌ってもらおうと思ったのでしょう?

Matthew Gilliamとはバンドで一緒に歌っていた親友だから、歌ってもらおうと思ったの。「Hurt Less」は私の友人たちについての曲だから彼と一緒に歌うのにぴったりだと思った。ラブソングに誤解されがちなんだけど、実はプラトニックな関係についての曲なの。ただ一緒にいるだけでお互いに安心感を与えることができるような関係性。何も話さなくても、結束が感じられて物事を一緒に体験している。昔、何もやることがなかった時、私は友達とただその辺をドライブしていた。ただ一緒にいてハングアウトして(遊んで)いた。ハングアウトするってティーンエイジャーのやることで、あんまり重要なことに思われていないけど 実は他の人と一緒の時間を過ごすというとても貴重な体験で、しかもその人たちは自分を理解してくれているから、セーフ・スペースにいるような安心感がある だから親友であるMatthewに歌ってもらおうと思った。それに、彼が下のメロディを歌ったら、私たちの性格の面白い対比が生まれると思ったの。私は錯乱するタイプで、彼はそんな私をいつもなだめてくれる。彼はストイックで論理的、あまり感情的にならない人。彼の声質はとても落ち着いていて、私の声質はとても熱狂的。そんな二人の性格を並べたら面白い対比になると思ったの。

──前作のラストに収録されていた「Go Home」という曲には、テレビから流れる宣教師の声が入っていましたが、今回のアルバムにも「Televangelist」というタイトルの曲が入っていますし、「Happy to be Here」という曲にも“What I hear evangelicals say on TV”という歌詞が出てきます。これらはどのようにリンクしているのでしょう?

「Go Home」には面白いエピソードがあって、あれはプロダクションで決めて声を入れたわけではないの。スタジオで「Go Home」をレコーディングしていた時、モニターヘッドホンから雑音が聴こえたんだけど、コントロール室のミスかと思って歌い続けたの。後で確認したら、マイクに接続されていたプリアンプがラジオ波を拾っていたのよ。それがたまたま宣教師の声だったの。これもまた嬉しい偶然というか…これは単なるラジオの音で幽霊なんかじゃなかったから気味が悪いとは言いたくないんだけど面白いな、と思って撮り直すよりもこのまま残しておく方がいいんじゃないかと思った 信念や神について歌っている時に、宣教師がマイクを通じてやってくるなんて、セレンディピティを感じるし面白いじゃない。「Televangelist」と「Happy to be Here」の “I have to believe what I hear evangelicals say on TV”という歌詞は、私にとっての信仰と、世の中の信仰の考え方とどう折り合いをつけるかという意味合いを含んでいる。幸運にも、私が訪れたことのある教会は、アメリカで主流のキリスト教思想を持つ教会よりも、進歩的で理解のあるところばかりだった。信仰というものは、現実においては違うものなのに、テレビの宣教師が、ピカピカに輝く神の姿を紹介したり、メガチャーチで集会が行われると、信仰の内容が簡易化されすぎてしまう。信仰の持ちようは何百万通りもあるから、そういう方法で信仰を持っても良いと思う。メガチャーチに通う人や、私と違う信条の人を侮辱したいわけじゃないの。キリスト教徒ではない人たちももちろん侮辱なんてしないわ。「Televangelist」では、小綺麗にまとめあげられたキリスト教の倫理観や善良の概念に対して、鋭い見識を持って臨み、それ以外の形で善良や癒しが存在しているのを探る姿勢を表現したかった。それに関連するのが「Happy to be Here」で、この曲では自分の醜い部分を受け入れることについて歌っている。私たちが思う以上に、私たちはあらゆることに対して神の恩寵を受けているという内容。「Televangelist」は自分に対する批判の意味もある。ミュージシャンである私は、自分の中に様々なものを取り込んで、マイクを通じて、自分が大切に思っていることや自分の考えを、人々に広めていくことができる。そこには私の声を聴いてくれる人たちに対して大きな責任がある。それに、私が常に自分の考えを伝えて、自分の考えと一致しない他の人の意見を排除したり、対立したりしているのは、私もテレビに出ている彼らのようになってしまうというリスクがある。彼らというのは「この聖油で清められた聖水が今なら5回払いで簡単にお買い上げ頂けます」などと言っている人たち。私も、常に自分を見つめないと、誠意が伝わらないかもしれない。正直という点において、私は高い基準の場所にいたいと思っているから、私はマゾなのかな? ただみんなの前で叫んでるだけなのかな? 私が本当に伝えたいことが、みんなにちゃんと伝わっているかな? そういうことを曲を書いている時には常に考えているし、インタビューを受けるときもなるべく明確に話すようにしている。それから、自分の意見を言うばかりではなく、人の意見に耳を傾けることも大切だと思う。私はステージに上がって演説をしたいわけじゃない。希望について少し話して、あとはみんながライブを聴いて、必要なものを持ち帰ってくれればそれでいいと思う。

──あなた自身もクリスチャンで同性愛者ですが、そのことで悩んでいる人がいたら、どんな風に声を掛けてあげたいですか?

同性愛者であることが非難の対象でなければ良いと思う。キリスト教であることと同性愛者であることは、互いに相反することではないと思うから。相反することであると思っていた時期もあったけれど、私は後に、その二つの折り合いをつけることができた。アメリカでは、最近特に、キリスト教的思想、保守的概念、伝統的な「家族の価値」が混同されている。もともとキリスト教には、激しい非難というものはなかったのに、アメリカの文化的背景から、自分たちと違うものを迫害し、なんらかの理由をもってそれを正当化している傾向にある。ある女性の牧師さんが私に言ってくれた。「神は、それらを地獄へ落としたいという理由だけで、醜いものや酷いものをわざとお作りになると思いますか?」と。私は「いいえ」と言った。神は善意ある存在であるから、その神が欠陥ある生き物を作るとは思わない。進歩的な教会グループで、「同性愛は罪だけど、受け入れよう」と主張している人たちがいる。その人たちと私の考え方は違う。ゲイや性転換者に、「あなたはゲイ/性転換者だけど、神はそれでもあなたのことを愛しているよ」というのではなく、「神は最初からあなたのことを愛している」という方が正しいと思う あなたにおかしいことなんて一つもない。「〜であるにも関わらず、神はあなたを愛しています」ではなくて、地球上で起こっていることを創造している神という全能な存在がいるのなら、なぜ神は、自分が嫌う対象のものをそこに創造するだろう? この論理は、無神教者でも、どんな信仰を持つ宗教の人にも理解してもらえると思う。私はキリスト教の思想を押し付けたいわけではないの。

──アルバム・タイトルにもなった「Turn Out The Lights」というフレーズはアルバム中に何度か登場しますが、あなたにとってこれはどんな意味を持っているのでしょう?

この曲で歌っているのは、孤独、そして自身や、多面的な自身のアイデンティティと向かい合うこと。私たちは一日を他の人と関わり合いながら過ごす。その時は、「Hurt Less」で歌っているような気持ちや、この曲の前半で歌っているような気持ちになる。歌詞は、2人の会話になっていて、一人称である私が、「今は、こういう気持ちで辛いの」と言って、気持ちを説明して分かってもらおうとする。でも、1日の終わりにベッドに横たわり、電気を消すと、そこに残っているのは私だけ。1人になると内省的になり、自分を見つめなくてはいけない。存在していることと、自分を見つめることの境界線がなくなる。そういう状況になった時、自分の嫌いなところが浮き彫りになり、ネガティブに執着してしまうか、嫌いなところも無理やり受け入れて認めてあげるか、どちらかになる。私は以前、自分の行動が好きでなかったり、自分の行動にイライラしたり、不安になったり、恥に思っていたことがあったから、1人になりたくないといつも感じていた。それが私のサイクルになってしまっていたから、自分の状況と向き合って、自分が好きじゃない部分とも折り合いを付けて、受け入れて、認める必要があった。



──以前メンフィスで活動し続けることを大事にしたいと話していましたが、今でもそう思いますか?

そうね! メンフィスは地元だし、大好きな街だから。メンフィスを誇りに思っているわ。実は私は、パートナーがナッシュビルにいるからそっちに引っ越したんだけど、メンフィスは変わらず私の地元だし、メンフィス以外にホームと呼べる所は他にないわ。

──1月に待望の来日公演が決まりましたが、どんなことが楽しみですか?

全てが楽しみよ! 何を楽しみにしてるかは分からないけど。私が今、キラキラしているのを見せてあげたい! 日本には行ったことがないし、新しい場所に行くのは大好きなの! その国の人が私の音楽とどのように関わってくれるのかをみるのは面白いわ。国ごとに全然違うんだもの。日本ではオフの日もあるから、もちろん都市も散策したいんだけど、田舎の方にも足を伸ばしてみたい。日本には美しい森や山があるって聞いたから、そういう所にぜひ行ってみたいわ。


JULIEN BAKER
JAPAN TOUR 2018


2018年1月26日(金)
東京 渋谷WWW
OPEN 19:00 / START 20:00
前売TICKET ¥5,940(税込・1ドリンク別途)※未就学児童入場不可
INFO: BEATINK(03-5768-1277)

2018年1月28日(日)
大阪 心斎橋CONPASS
OPEN 18:00 / START 19:00
前売TICKET ¥5,940(税込・1ドリンク別途)※未就学児童入場不可
INFO: CONPASS(06-6243-1666)

チケット一般発売
11/11(土)から
東京公演 BEATINKe+ 、LAWSON (L:73811)
大阪公演 BEATINKe+ 、チケットぴあ (P:349-773)、ローソン (L:55543)、FLAKE RECORDS店頭

企画制作・問合せ:BEATINK(03-5768-1277)
Posted by Monchicon
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