評価:
Jagjaguwar
(2017-09-22)

愛していると言ってくれ

2013年にJames Blake「Lindisfarne」のカヴァーをネット上にアップし、翌年にはBeckが楽曲を書き下ろしたオムニバス作品『Song Reader』に参加、それ以降彼の才能のフックアップのされ方は(既に色んなところで読めるのでここでは割愛するが)少し尋常ではない。

カリフォルニア出身の黒人SSW、Moses Sumneyの正に満を持しての1stアルバムの楽曲たちは、そのジャケットからも伺えるように、「地に足がついていない」。確たるビートを持っていないそれらのサウンドの感触は言うなれば浮遊感のようなものだが、ありがちな柔らかいシンセの装飾や過剰な残響処理から得られるものとはまた別のものだ。

アルバムの冒頭を飾る「Man On The Mooon(Reprise)」に続き、「Don't Bother Calling」、「Plastic」を構成するのは本人の歌とクリーントーンのギター、それらと並走するコーラスと僅かなエレクトロニクスのみ。ギターのアルペジオ/カッティングによるコードがメロディを後から追いかけているようなその雰囲気は、ファルセットの歌唱と相まって、さながら白昼夢を見ているようだ。



続く、ベース奏者にThundercatを迎え、エレクトロなソウルから始まり、後半に流麗なコーラスを交えたスリリングなジャズへと変貌する『Quarrel』で、モーゼズは次のように歌っている。

He who asks for much. Has much to give
多くを求める者は、多くを与えられる
I don't ask for much. Just enough to live
ぼくは多くを求めない、暮らしていけるだけでいい

To whom much is given. Much is required
多くを与えられる者には、多くが求められる
Luxurious liver. You never inquire
贅沢に生きる者、きみはけして問うことをしない


メンバー間の軋轢のもと産み出されたThe Beatlesの実質的な最終作、『Abbey Road』のラストに置かれた「In The End」で最後に唯一歌われるラインを思わせるこの歌詞は、モーゼズ本人が掲げる本作のテーマである〈愛の欠如〉を表している端的な部分だろう。他人(との愛)と真剣に向き合えない、現代人のドライな恋愛観を描写しているように思えるこの楽曲は、しかし最後には美しいピアノソロで終わりを迎える。



自身の幼少期の記憶を独白したものと思われるインタールードや、Son Luxのドラマー、Ian Changがダイナミックな演奏を展開するタイトルさながらの「Lonely World」を挟むと、本作屈指の白眉である「Doomed」が始まる。ドローンの中Mosesのファルセットのみが美しくこだまするこの曲は、徹底して宗教的な救済のイメージに貫かれており、荘厳さを湛えた歌がまるでその原始の姿に立ち返らんとしているようだ。



今作はその音のプロダクションとヴォーカルの音域の為、一聴すると昨今のエレクトロなソウル/R&Bと共振しているように聴こえるかもしれない。勿論「最も」で言えばそうなのだが、例えばソロでの弾き語りになっても圧倒的な求心力を放つ、中心に歌が据えられたソングオリエンテッドな性質も同時に持ちあわせている(それは、本人が幼少の頃、「機材は一切使わずにメロディを暗記し、歌詞のみノートに記入していく」という独特の作曲方法を採っていた、というエピソードからも推し量ることが出来る)。

そこへ<愛の欠如>や<孤独>、<救済>といった一人の人間の普遍的な物語が加えられる。それこそが多くの才能に愛される「ソウル・フォーク」なる作品が誕生した所以だろう。