USオルタナティヴ界の永遠のとっつぁん坊やことBeckの新作アルバムMorning Phaseが2/26にリリースされます。2002年の名作Sea Changeを制作した面子とほぼ同じ顔ぶれが再び集って録音されたという本作。アルバムとしてはDanger Mouseがプロデュースした前作Modern Guilt以来、なんと約6年ぶり。彼のキャリア史上、アルバムのリリース間隔がここまで開いたのは実は初めてのことだったりします。というわけで、この約6年間に彼が一体何をしていていたのかをおおまかにまとめてみました。
Beck - Blue Moon (Audio)





■プロデュース業
まずベックはSerge Gainsbourgの娘Charlotte Gainsbourgのアルバム『IRM』(2009年)を皮切りに、Thurston Mooreの『Demolished Thoughts』(2011年)、Stephen Malkmus & The Jicksの『Mirror Traffic』(2011年)といったアルバムのプロデュースを手がけています(他にもJamie Lidellや The Lonely Island, Dwight Yoakam, Childish Gambinoらの作品を部分的にプロデュース)。同じ年にアメリカの東海岸と西海岸のオルタナティヴ・ロック界を象徴する人物のプロデュースを手掛けているのがなんとも意味深ですネ。

『Morning Phase』での印象的なストリングス・サウンドはどちらかというとこのサーストンのソロの方向性に近いのですが、一方で全体のヴァイブレーションはウェストコーストの爽やかな空気が強かったりするので、今回の新作はサーストンでやったアプローチを土台にして、そこにマルクマスの持っていた西海岸感を足したもの、という見方もできるかもしれません。

Thurston Moore - "Circulation" (Official Video)





■「Record Club」
Beckは2009年頃からマリブのスタジオで丸1日かけて様々なミュージシャンと一緒にロックの名盤を丸ごとカヴァーするというプロジェクト「レコード・クラブ」を始めます。これまでにVelvet Undergroundのファーストをはじめとして、Leonard Cohen, Skip Spence, INXS, YanniのアルバムをDevendra Banhart, MGMT, St. Vincent, Liars, Os Mutantes, Jamie Lidell, Feist, Wilco, Thurston Moore, Tortoiseといった一癖も二癖もあるミュージシャンたちと共に録音。その模様はほぼ全編撮影され、サイト上で閲覧可能です。本人は純粋な楽しみのためにやっていたようですが、世代やジャンルを超えたアクトたちとの意外な組み合わせから生まれた化学反応に、彼自身おおいに刺激を受けたことは間違いないでしょう。

Record Club: INXS "Need You Tonight"

*St. Vincent, Liars, Os Mutantesが一堂に会した奇跡。




■ナッシュヴィルでの録音
なんでもベックは2000年代中頃からナッシュヴィルでアルバムを制作していたものの未完に終わっていたとか。ただ、2012年に録音を再開し、その際、元White StripesのJack WhiteのレーベルThird Manのスタジオでレコーディングした音源がシングル「I Just Started Hating Some People Today」としてリリースされています。そして『Morning Phase』には、そのナッシュヴィルで作られたマテリアルがいくつか収録されているそうです。

BECK - I Just Started Hating Some People Today






■「Song Reader」
2012年には「Song Reader」というプロジェクトを発足。こちらは20もの新曲を楽譜という原初的な形で出版し、買った人がそれを演奏することで直に曲に接してもらおうとする実験的な試み。Fiery Furnacesも以前同じアプローチをおこなおうとしてましたが、ここまで本格的に作品として完成させたのはBeckが初では? 実際に楽譜を買った人々によるカヴァーが多数サイトにアップされています。音楽が簡単にデータ化されてしまう現代に対する彼なりのステートメントともいえますが、一方で音楽の歴史を見つめ直して原点に立ち戻ってみるという意図があったのかもしれません。2013年7月には実際にBeck本人が「Song Reader」の曲を演奏するコンサートを開催しています。

Beck - I'm Down - Song Reader Live @ The Barbican



■脊椎を痛める
なんでも2008年頃に脊椎をひどく傷めてしまい、しばらくの間満足な音楽活動ができなかったのだそうです。こうした出来事から逆に(「Song Reader」同様に)自身の音楽に対する姿勢をじっくりと見つめ直す機会が生まれ、新作の地に足の着いた悟りにも近い作風に至ったのかもしれません。

Brian Eno: Discreet Music (Part I)

*入院経験から悟りを開いた例



■サントラ、トリビュート、カヴァーなど
映画「Scott Pilgrim Vs. The World」のサントラへの楽曲提供や、Philip Glassのトリビュート・アルバムへの参加、さらにはあのデヴィッド・ボウイの名曲「Sound And Vison」を160人もの大編成で360°のステージ上で大胆に再解釈・・・などなど色々とやっています。ちなみに「Mad Men」のテーマ曲の制作も頼まれたそうですが断ったそうです。

Sex Bob-Omb - We Are Sex Bob-Omb


Beck Reimagines David Bowie's "Sound and Vision"





■2013年に新曲3曲発表
昨年には3つの新曲「Defriended」、「I Won't Be Long」、「Gimme」をネット上で配信しました。自身のレーベルから限定12インチとしてもリリースされています。この内後半2曲にはAriel Pink's Haunted Graffitiの元メンバーで現The SampsCole M.G.N.がエンジニア&ミキサーとして参加。The Samps色の強いサウンドを展開しています。ひょっとすると今年後半にリリースが予告されているもう一枚のアルバム(今年のグラミーで一躍時の人となったPharrell Williamsが参加)の音に近いのかも?

Beck - Gimme





■レーベル移籍
前作でゲフィン/インタースコープの契約が終了し、一時期は自分のレーベルからアルバムをリリースする予定だったそうですが、昨年後半にCapitolへの移籍が突如発表されました。キャピトルといえばBeach BoysFrank Sinatraといったアーティストで知られる長い歴史を持ったLAの音楽レーベル。そして今回の作品でベックが追求しているのはウェストコーストのそれ。実際本人も「カリフォルニア・ミュージックの伝統に触発された」という発言をしているので、この西海岸の老舗への移籍に刺激された部分も大きかったのでは。

Beck - Cutting "Morning Phase"





■ジャケの謎
余談というか妄想なのですが、今回の新作は前述したように12年前の『Sea Change』の「アコースティックなうたもの with ストリングス」路線を踏襲しています(お父さんのDavid Cambellが今回も弦アレンジで参加)。そして音と同様に、顔をアップにしたジャケットのデザインもまた妙に似ているのです(ほんのりレインボウな色合いと若干開き気味の口元が特に)。



これを見た時にふと思い出したのがLou Reedのこと。Louはご存知の通り82年に『The Blue Mask』というアルバムを出していますが、このジャケが72年の名盤『Transformer』(あの「ワイルドサイドを歩け」でおなじみ)のジャケの顔写真を加工したものになっているのは有名な話。で、今回ベックが『Sea Change』を音だけじゃなくジャケも似せてきたのは、ひょっとしたら昨年10月に亡くなったルー・リードに対してのオマージュなのでは・・・という深読みもできるのではないかと。「Record Club」の第一弾がヴェルヴェッツのファーストだったり、Rolling Stoneに追悼文を寄せていたりと、彼自身大きな影響を受けていることは確かなので、こうしたさりげない形でトリビュートを捧げていてもおかしくはない気がします。

Record Club: Velvet Underground & Nico 'Sunday Morning'





■総括
というわけでBeckの約6年間をおおまかに総括しました。改めて思ったのは、今回の新作は『Sea Change』の「続編」というよりは「純化」もしくは「深化」といった趣の方が強いんじゃないかということ。同じ「アコースティックなうたもの」というテーマに基づいているとはいえ『Sea Change』の裏には「恋人との別れ」というパーソナルなセンチメントが存在していました。しかし『Morning Phase』では、よりマクロな視点から豊潤な文化と歴史を持つカリフォルニアの音楽に真正面に向き合おうという静かなる意志が感じられます。そしてそれができたのも「Song Reader」をはじめとする様々なプロジェクトやプロデュースといった自身の経験の蓄積があったからこそでしょう。

この6年間で彼は音楽の原点やあり方を一旦冷静に見つめ直し、その上で自らのルーツという名の新たな「出発地点」に戻ってきたのではないでしょうか。『朝のフェイズ』なるアルバム・タイトルや「Morning」「Waking Light」など、暗闇の中からうっすらと光が差してくるかのようなどこかポジティヴな言葉の数々には、彼自身の心境が透けて見えるようです。冒頭ではとっつぁん坊やなんて言ってしまいましたが彼ももう40代で2児の父、ここに来てアメリカの音楽の歴史を背負って立つという覚悟が芽生えたのかもしれません。・・・一方で、そうしたアプローチすらも彼なりのひとつの「コンセプト」と捉えられるところがこの人の底の見えなさというか面白さでもあります(ここで抑制された「ハイブリッド」な部分は今年後半に出るともう一枚のアルバムの方で爆発している筈)。いずれにせよ、アルバム全体の統一感、スケール感という点でベックのキャリア史上でも屈指の高さを誇る作品であることは間違いないでしょう。

Beck - Waking Light (Audio)





Beck - Morning Phase (Capitol / Hostess)

1. Cycle
2. Morning
3. Heart Is A Drum
4. Say Goodbye
5. Blue Moon
6. Unforgiven
7. Wave
8. Don't Let It Go
9. Blackbird Chain
10. Phase
11. Turn Away
12. Country Down
13. Waking Light