現代の吸血鬼信仰

“ヴァンパイア”という言葉には、いつもエキゾチックな響きがあった。『吸血鬼ノスフェラトゥ』(’22)や『吸血鬼』(’32)など、主にドイツで製作された怪奇映画の影響もあったのだろう、吸血鬼はどこからともなく現れ、平穏を脅かす得体の知れない存在として人々に記憶されてきたのだ。

ところが、現代の吸血鬼は姿を変え、一見それとはわからない格好で、都会に息を潜めている。ブルックリンのロック・バンドであるVampire Weekendもまた、コンゴのスークースやジャマイカのレゲエといった異国の音楽に目を向け、それを吸収してきた。けれども、そんな彼らが最新作で目を向けているのは間違いなく自分自身であり、彼らの住むアメリカ合衆国、そしてニューヨークという街だ。
デビュー作の『Vampire Weekend』、そして前作の『Contra』がそうであったように、今回の『Modern Vampires of the City』も、1曲目が全体のトーンを決めている。アルバムはJohn Lennonの『Plastic Ono Band』を意識したというピアノとウッドベースに導かれた「Obvious Bicycle」で穏やかに幕を開けるが、大切なことは既にそこで提示されているのだ。

ヴォーカルのEzra Koenigが諭すように歌う、“顔にカミソリを当てるのはやめておくべきだね(※以下、沼崎敦子さんによる日本盤の対訳から)”というフレーズ。それは旧約聖書の一節にもあるものだが、髪の毛を伸ばしたり、髭を剃らないというラスタファリの思想も、この教えに基づいたものだという。『Modern Vampires of the City』というタイトルもまた、レゲエ・アーティストのJunior Reidが89年にリリースしたシングル「One Blood」の冒頭の一節から引用したもので、そこでは国籍の違う人々や家族が争い、殺し合うことの愚かさが歌われていた。“君が建てたわけじゃないし/好きなようにもできない家から/君が出て行くのを見てる人なんてひとりもいないさ”とEzraは歌っているが、その“家”とは、もしかしたら彼らが暮らす“国”のことだったのかもしれない。

続く「Unbelievers」は最近のライヴでも定番になっているアップテンポの曲だが、“地獄の業火は不信心者を待っている”というフレーズは、イスラム教の聖典であるコーランに出てくるもの。実際にメンバーのRostam Batmanglijはイスラム教徒の母親の元に生まれているが、そんなことを抜きにしても、僕にはこの曲そのものが、何か宗教的な問いかけのように聴こえてならないのだ。

オークランドのヒップホップ・グループ、Souls of Mischiefの「Step To My Girl」を下敷きにしたという「Step」では一転、Vampire Weekendらしい難解な固有名詞が飛び交うが、そのムードはどこか沈痛だ。メロディは「Step To My Girl」でサンプリングされていたGrover Washington Jr.の「Aubrey」のサックスに、歌詞はその原曲であるBreadの「Aubrey」にインスパイアされているそうだが、ここでは成長することと、その引き替えに何かを失うことが、Jandek(“Ready for the House”)やヴァージニア・ウルフ(“Modest Mouse”)を引用した詩的なイメージで綴られていく。

その「Step」と裏表の関係にあるのが、実際にシングルのカップリング曲としてリリースされた「Diane Young」だ。無軌道な若者の姿をロカビリーのスタイルを借りて歌ったこの曲では、“何しろ僕は過去が好き/先がわからないのはイヤなんだ”と歌われているが、それは「Step」における“僕はとにかく過去の話は全部無視した”というフレーズと対を成すもので、同じことを真逆の視点から歌うことで、二者の間のすれ違いを浮かび上がらせているようにも思える。

アフロ・ポップやレゲエを取り入れるなど、その音楽性からPaul Simonと比較されることが多かったVampire Weekendだが、ここでの彼らはむしろ、歌詞の面でPaul Simonと肩を並べていると言えるかもしれない。元GirlsのChristopher Owensの恋人で、Vampire Weekendのメンバーと同じ学校に通っていたというHannah Huntが登場するロード・ムービー風の「Hannah Hunt」は、どことなくSimon & Garfunkelの「America」という曲を思わせる。サビのメロディはBob Dylanの「It’s All Over Now, Baby Blue」によく似ているが、Bob DylanもPaul SimonやEzra Koenigと同じユダヤ系アメリカ人で、ジャケットに写る60年代のニューヨークを代表するアーティストだ。

EzraがDirty Projectorsのメンバーだったことはよく知られているが、Dirty Projectorsのアルバム『Swing Lo Magellan』が黒人霊歌の「Swing Low, Sweet Chariot」から来ていたように、「Everlasting Arms」というタイトルもまた、コーエン兄弟の映画『トゥルー・グリット』で使われていた賛美歌「Leaning On The Everlasting Arms」を思わせるものだ(そういえば「Ya Hey」には“この壊れた機械のスクリーンには/埃が積もってる”というフレーズが登場するのだが、これがDirty Projectorsというバンド名を連想させるのは気のせいだろうか)。アルバムは後半に進むにつれて宗教的な色合いが濃くなっていくが、「Everlasting Arms」や「Worship You」といった曲(あるいはアルバムの全ての曲)における“You”を、“神”に置き換えることも可能だろう。

そんなアルバムは、“ザイオンは君を愛していないし/バビロンも君を愛していない”と歌う「Ya Hey」でひとつのクライマックスを迎える。この曲の最後には“君が「Israelites」を「19th Nervous Breakdown」へと繋ぎながら回す音がかすかに聴こえて”というEzraの語りが挿入されているが、「19th Nervous Breakdown」とはもちろんRolling Stonesの曲名で、「Israelites」というのはレゲエ・アーティストとして初めて全英1位を記録した、Desmond Dekkerのヒット曲。ここで彼は自らを“イスラエル人の子孫”と見なし、貧困に喘ぐジャマイカの窮状を旧約聖書におけるバビロンになぞらえているのだのが、一見無関係に思えるユダヤ教とラスタファリズムも、根底には同じ思想がある──そんなことをEzraは伝えたかったのではないだろうか。

けれども、そんな祝祭的なムードはすぐに消え、続く「Hudson」では、再び辺りに暗雲が立ち込める。ここでは初めてカナダの北東部に到達したイギリス人探検家、ヘンリー・ハドソンのエピソードを交えながらアメリカの歴史、そしてニューヨークという都市の名前の由来が紐解かれていくが、“彼は僕たちの父親が結んだ99年間の借家契約を無効にしてしまった”と歌うEzraの口調は、どこか重苦しい。この家は、アメリカ合衆国は一体誰のものなのか──そんな問いかけは、最終的にこんな結論を迎えることになる。

線が引かれる 地図なんて実に鬱陶しい

言わばこのアルバムは、自分自身のルーツを知ろうとしたEzra Koenigという青年が、思いがけず世界を知るに至るまでを記した作品なのかもしれない。そんな長い旅を締めくくる「Young Lion」は、“若きライオンよ じっくり時間をかけるんだ”というフレーズだけが繰り返される短い曲。それが何を意味するのかはわからないが、『夏服を着た女たち』などで知られるユダヤ系アメリカ人の小説家アーウィン・ショーの作品に、『若き獅子たち(The Young Lions)』という長編小説がある。そこでは心ならずも第二次世界大戦に加担することになったドイツ人将校と、ユダヤ系アメリカ人兵士の運命が交錯して描かれるのだが、それはこの『Modern Vampires of the City』と、共通したテーマを持っているように思えるのだ。

このアルバムに隠された、たくさんの謎と問いかけ。今はまだ深い霧に包まれたままだが、それはやがてEzraの口から語られ、時間をかけて明かされていくのだろう。けれども僕らが年を取ってそれを知った時、その知識が若さとは交換できないことに気づくのだ。そして若さが永遠には続かないのだとしたら──Vampire Weekendはあなたと一緒に年を取ることができる、数少ないバンドだと言えるだろう。