「去って行くものがあれば、残るものもあって/それぞれの場所には、それぞれの瞬間がある」(ザ・ビートルズ「イン・マイ・ライフ」)

たとえみんなが行ってしまったとしても、シアトルにはこの男がいる! 先日のサマー・ソニック2012での熱演も記憶に新しいDeath Cab For CutieのフロントマンBenjamin Gibberdが、8年間に渡って渡って書き溜めてきたという楽曲を集めた初のソロ・アルバム『Former Lives』をリリースしました。

というわけで、SuperchunkのJon WursterやSon VoltのMark Spencerが参加、Aimee Manとのデュエットも収録されたこのアルバムについて、Benに電話取材を敢行。気になる大統領選や、シアトル・マリナーズの今後についても聞いてみました。

それではプレイボール!
今回のアルバムは、バンドのアルバムの
未公開シーンみたいに考えている。


――今回、バンドメンバーがいない状態でレコーディングするのはどういう気分でしたか?

ほんとに楽しかった。Aaron(Espinoza/Earlimart)のスタジオ(The Ship)でレコーディングをしたんだけど、彼のスタジオは本当にグレイトなスタジオなんだ。完全に設備が整ってるんだけど、普通の生活スペース風で、プロフェッショナルなレコーディング・スタジオっていう雰囲気じゃないんだよね。でも、ちゃんと機材も揃ってるし、いい音が録れるスペースなんだ。リラックスしてクリエイティヴになれると同時に、ちゃんとレコーディング・スタジオにいる気持ちになれる。僕はそういう場所が好きなんだ。Aaronとは90年代からの知り合いだし、Earlimartとはデスキャブのごく初期のツアーで一緒にやってからの知り合いで。で、もちろん今回のレコーディングでもっと親しくなって…。ほんとに楽しかった。

――2009年にSon VoltのJay Farrarと一緒にジャック・ケルアックのドキュメンタリー映画のサントラを共作した経験は、このアルバムに何か影響を与えているでしょうか? レコーディングを担当したAaronは、その時にも参加していたんですよね。

Jay Farrarとの仕事からは影響を受けてる。彼のやり方が好きなんだ。すごく速いんだよ。凝りすぎることがなくて、レコーディングもギターを録って、ヴォーカルを録って、それを下手にいじるわけでもなくて。彼のいい意味でこだわりがないアプローチを、僕はある意味尊敬してる。特にデスキャブの時には細かいところで苦心したりもするからね。

――『Former Lives』というタイトルがとても好きです。過去にあったそれぞれの瞬間がひとつの短編になっているという感じで。歌詞も曲を書いた当時につけていたままなのでしょうか? レコーディングするに当たって今の気分を足したりはしましたか?

君の言うとおり、デスキャブのそれぞれのアルバムとは違って、このレコードはもっと長いスパンから生まれてきたレコードだからね。で、このタイトルを付けることで、それぞれの曲世界をひとつに括れるような気がしたんだ。全体を暗示するようなタイトルにしたかったんだよ。うん、スタジオで曲を少し変えたりはしていたと思う。全部の曲の骨組みはもうできてたけど、そこにギターのパートを付け加えたり、新しい部分を加えたりね。とはいえ、僕が自分で録音したデモと、実際に完成したものはほぼ同じなんじゃないかな。

――「Something's Rattling (Cowpoke)」ではStan Jones作のトラディショナルなナンバーを、女性マリアッチ・グループのTrio Ellasを迎えてレコーディングしていますね。異色でありながらもアルバムにフィットしたアレンジで、とてもチャーミングな1曲です。このアイディアはどこから出てきたのですか?

あれはLAに住んでた時に作った曲なんだ。君の言うとおり、Stan Jonesが書いた「Cowpoke」っていうカウボーイのヨーデルの曲が気に入って、それに僕が新しい歌詞を付けたんだ。実は書いた後に著作権をクリアしなきゃいけなくて…。それをしなきゃいけないって気付いたのが結構遅くてね。著作権を持ってる人を追跡して、許可をもらうのにしばらくかかって、ちょっと緊張したんだよね(笑)。で、コーラスはトリオ・エラスっていう女性三人のマリアッチ・バンドに頼んだんだ。僕が彼女たちの前でギターで歌って、「君たちのライヴでこれをやるとしたらどんな感じ?」ってやってもらったら、すぐにあのコーラスになった。すごくいい仕事をしてくれたよ。

Stan Jones & The Ranger Chorus - Cowpoke


――最近のデスキャブはわりとプログレッシヴで厚みのある音作りをしていて、ライヴでの演奏でもそれが強く伝わってきます。これらの曲にはシンプルでフォーキーで、温かみのあるアレンジが似合う、ということがバンドのアルバムから外れた理由でしょうか? メロディはいつものあなたでも、アレンジが違うとこうも手触りが変わる、という印象も受けたのですが。

今回のアルバムの曲は、その当時作っていたデスキャブのアルバムにはうまくはまらなかった曲なんだよ。曲としてよくなかったっていうんじゃなく、デスキャブのアルバムにはまらなかった曲だね。僕はつねに曲を書いていて、直接的にはデスキャブのアルバムのために書いてるんだけど、(特にバンド用とかソロ用とか区別はなく)曲作りのプロセスは全く同じなんだ。だから今回のアルバムは、バンドのアルバムの未公開シーンみたいに考えている。

――ここ数年のデスキャブのアルバムで、ゆったりしたテンポの曲で聴けるあなたのヴォーカルの叙情的な表現力に特に惹かれていたので(たとえば『Narrow Stairs』の「Grapevine Fires」や『Codes and Keys』の最後の3曲とか)今回は本当にうれしいです。最近あなたが好きで聴いている音楽が、そういったアコースティックな歌ものに寄っているということはありますか? またヴォーカリストとして好きなアーティストを教えてください。

特にアコースティックな歌ものに寄っていることはないかな。最近好きなアーティストは…シアトルのミュージシャンで、Erik Bloodっていう人がいて、すごく気に入ってるんだ。『Touch Screens』っていうアルバムを出してるんだけど。彼のソロ・レコードで、本当に素晴らしい。あとは、Neil Halsteadの新作、『Palindrome Hunches』が大好きなんだ。ほんと毎日聴いてる。とにかく曲が美しくて、歌詞、ストーリーテリングが素晴らしい。

――Aimee Manの歌声は「Bigger than Love」だけでなく、このアルバム全体としてもぴったりはまっていますね。今回エイミーに声をかけた経緯は? またこのデュエット曲はフィッツジェラルド夫妻にインスピレーションを受けているそうですが、それについても聞かせてください。

Aimeeとは友だちなんだ。あの曲は最初からデュエットだったんだけど、それを誰と一緒に歌えるか考えた時に、一番最初に浮かんだのがAimeeだった。で、彼女が来てくれて。ほんと素晴らしかったよ。自分がずっと昔から聴いてた彼女の声が、僕が書いた曲を歌ってるんだからね。

――ジャケットにはJoan Hillerの絵が使われていますね。彼女はSub Popでパブリシストとして働いていたこともあるそうですが、知り合ってから長いのでしょうか? また、今回だけでなくデスキャブでも、いつもアートワークはどのように決めているのですか?

僕はあの絵がすごく好きで。印象派的な作品で、フィジカルな意味でも多層的だし、イメージとしてもいろんなものが込められている。僕としては、それがこのアルバムのトーンを提示している気がしたんだ。それで彼女にこの絵を使っていいかどうか訊ねて、OKをもらって、ジャケットになったんだよ。

――ところで、前回の大統領選ではあなたを含め多くのミュージシャンがオバマを応援していましたが、今回も変わらず彼を支持していますよね。4年前と比べて、人々の政治や選挙への関心が下がっていると感じることはありますか?

確かに4年前の大統領選は、バラク・オバマを支援する人たちにとってはものすごくエキサイティングな体験だった。彼は新しい時代を代表して出馬してたからね。でもそれって、すごく簡単なことでもあったんだよ。で、今は同じプラットフォームをロムニーが打ち出してる。公約を実現させるのって逆にすごく難しいし、二党がつねにせめぎ合ってる状態では特にそう。むしろ新しい約束を打ち出して、それについて語る方が簡単なんだ。で、前回はオバマにとってはそれが簡単だったんだけど、今回は実際に彼が何をやったかが議論されてて、その意味でも人々のモチヴェーションをキープするのが難しい。でも、それが政治だからね。チェック・アンド・バランス、力の抑制と均衡が働くことが政府のあるべき姿でもある。選挙で誰かを選んで、その人にすべての権力を与えるわけにはいかないだろ? だから……うん、今回の選挙は想像以上の接戦になると思う。とにかくみんな、今だけのことじゃなくて、10年後に自分が求めるものが実現するかどうかを考えて、支援する候補に投票するべきだと思うな。

――日本盤のボーナス・トラックにはイチロー選手に捧げた「イチローのテーマ」が収録されていますが、今シーズンのシアトル・マリナーズの総括と、来シーズンへ向けての展望を聞かせてください。

今はイチローもヤンキースだからね! フィールドでのすごいプレイを含めて、イチローはものすごく試合をエキサイティングにしてくれたし…。活躍を願ってるよ。

質問作成:加瀬ねこリーヌ


Benjamin Gibbard - Former Lives (Barsuk / Yoshimoto R&C)