評価:
4ad / Ada
(2011-04-19)

食うか、食われるか

前作『Bird-Brains』のラストで本人が歌っていたように、tUnE-yArDsことMerrill Garbusは、決して“美人”ではないのかもしれない。けれども、先立って公開された本作からのリード・トラック「Bizness」のビデオ・クリップで、顔をゆがめて一心不乱に踊り狂うMerrillの姿は、ほかの何十人の女性たちの中でも群を抜いて美しいし、何百メートルも離れた場所からでも、彼女を見分けることができるだろう。それはいわば、陸上競技選手や、野生動物の美しさだ。

ニュー・ジャージーに生まれ、フォーク・ミュージシャンの両親の元で育ったMerrill は、大学時代にケニアへ留学しているが、現地の音楽を聴いたり、女性がどれだけ虐げられているかを知ったことが、その後の彼女の運命を決定付けることになる。26歳の時にアート・キャンプで出会った元IslandsのPatrick Gregoireを追ってモントリオールに移住し、カフェでライヴ活動をしながら暮らしていたというMerrillにとって、自分に興味の無い人たちの目をいかに惹きつけるかということは、まさに生き残りをかけた闘いだった(大文字と小文字の入り混じった名前も、人の目を惹くためのアイデアだったのかもしれない)。これにはベビーシッターや人形劇をしていたという彼女の経験が役に立っているが、「最初の5分で子供たち(観客)の心を掴むか、さもなくば無視されるか」という状況が、あの怒号のような歌声と扇情的なライヴ・パフォーマンスを生み出し、一緒にツアーを回ったDirty ProjectorsやXiu Xiuといったバンドの客を、根こそぎ掻っ攫うことになったのである。
彼女はデビュー作となった『Bird-Brains』のすべての楽曲をひとりで作り、演奏し、録音し、当初は自身のサイトで販売していた。それはもちろん、必要に迫られての苦肉の策だったのかもしれないが、それらを全てひとりだけでこなしてきた女性は、それほど多くない。だからこそ、それはひとつの、ポリティカルな主張にもなりえたのだ。

事実、4AD移籍第1弾となる本作は当初、女性だけが参加した『Women Whokill』というアルバムになる予定もあったという。しかし仕上がりに納得の行かなかったMerrillは、旧知のプロデューサーであるEli Crews(DeerhoofやWhy?の近作で知られる、元Beulahのメンバー)への協力を依頼。ライヴ・パフォーマンスの凄さを、いかにしてアルバムに封じ込めるかが彼女の課題でもあったわけだが、「あまりにたくさんの人たちから“ライヴのようなサウンドにするべきだ”と言われるので、自分の中のわからず屋の虫がうずいた」というMerrillの判断によって、本作は最終的に、前作にあった“ローファイの美”と、スタジオ・ワークによる手の込んだプロダクションの、ちょうど中間とも言える仕上がりになっている。

それが顕著な形で現れているのが、ここ最近のライヴでの重要なレパートリーだった「Bizness」だ。Fela KutiのバンドでNina Simoneが歌っているようなこの曲は、間違いなく今年のベストのひとつに挙げられるものだが、ステージではMerrill自身がループ・ペダルを使った多重コーラスで再現しているフレーズが、エレクトロニクスやサックスに置き換えられることによって、ライヴでの勢いを殺す形にもなってしまっている。

とはいえ、ともすれば強烈すぎる彼女の個性を伝えるには、このぐらいのバランスがちょうど良かったのかもしれない。重要なのはメッセージだ。聴き手を鼓舞するようなトライバル・ビートと、歪んだささくれ立ったウクレレの音色に乗せて、彼女は男性の、そして社会の暴力を告発する。それに賛同する人もいれば、嫌悪感を示す人だっているに違いない。けれども、これだけは絶対に言える。もう誰も彼女を無視することはできない。