[REVIEW] Bill Ryder-Jones - Iechyd Da

評価:
Domino (2024-1-12)
さよならの祝杯

「僕と彼女は、アーティストにきちんと報酬を払わないことで有名なストリーミング・サービスに、共同のプレイリストを作っていた。僕が曲を入れて、彼女も曲を入れる。恋におちるための素敵な方法で…Gal Costaの”Baby”は彼女が最初に教えてくれた曲で、僕はノックアウトされて、それは僕らの曲になったんだ。その子とは、この曲が完成する前に別れた。だからそれは恋におちる二人の希望に満ちて始まって、そこから崩れ落ちてしまうんだ」

ドイツのインタビューでそう語っていた元The Coralのギタリスト、Bill Ryder-Jones。5年ぶりの新作『Iechyd Da』はLou Reedのような「I Know That It’s Like This (Baby)」で幕を開けるが、そこではGal Costa(とCaetano Veloso)の「Baby」がサンプリングされており、ポルトガル語で“Eu sei que é assim(こんな風になるってわかってる)”と歌われている。まるで二人の、悲しい恋の結末を知っていたかのように。

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[REVIEW] Sufjan Stevens - Javelin

評価:
Asthmatic Kitty (2023-10-06)
僕の愛/は/君の/身体/の/忘却の/上に/投げられた/武器

9月20日、Sufjan Stevensはギランバレー症候群という、全身に力が入らなくなる難病と闘っていることを公表した。それは日本を含む世界各国で行われたニュー・アルバム『Javelin』の試聴会の翌日のことで──もちろん本作はSufjanが難病と診断される前に完成していたものだが──今思えば聴き手に余計な先入感を与えることなく、純粋に作品を聴いてもらいたいという配慮があったのだろう。なぜなら、そのことを知ってしまった今、本作を彼の病状と結びつけずに聴くことは難しいからだ。

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[REVIEW] Yo La Tengo - This Stupid World

評価:
Matador (2023-02-10)

この愚かな世界

去る2022年暮れのニューヨーク、Yo La Tengoのファンにはお馴染みのチャリティー・イベント、ハヌーカ・コンサートが今年も開催された。

Sun Ra ArkestraやSonic YouthのSteve Shelley、Lucy Dacusや Horsegirlら世代を越えたゲストを大勢招いて行われたその8夜連続のライブのことを考えると、彼らが40年のキャリアを迎えてもなおブレることのない気概と信念を持ち続けていること、そして何よりそのバイタリティに驚かされる。そしてそれは、彼らが変わらず今もそこに居てくれることのありがたさでもある。
 

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[REVIEW] Andy Shauf - Norm

評価:
Anti- (2023-02-10)
普通の人々

夕焼けの水平線に浮かび上がる、『Norm』というタイトル。カナダのシンガー・ソングライターAndy Shaufの新作のアートワークは、2016年の『The Party』、2020年の『The Neon Skyline』に続いて同郷のアーティストMeghan Fenskeが手掛けたものだが、タイトルの隣に並んだ“*”、“〜”、“+”という3つの記号が、作品を読み解く重要な鍵になっている。

アルバム全体がひとつのストーリーを織り成すコンセプチュアルな作風で知られるAndyだが、今回はデヴィッド・リンチ監督の映画『マルホランド・ドライブ』を観た後で全ての歌詞を書き直し、小説家でもあるニコラス・オルソンに編集を依頼。“ノーム(Norm)”という主人公を中心とした物語に仕上がっているが、カナダの音楽サイトNorthern Transmissionsが指摘しているように、それはアルフレッド・ヒッチコック監督の映画『サイコ』に登場するキャラクター、ノーマン・ベイツ(Norman Bates)を思わせるものでもあり、また同時に、“普通”を意味する“Normal”のもじりでもあるのだろう。

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[REVIEW] Cass McCombs - Heartmind

評価:
Anti- (2022-08-19)
今日は残りの人生最初の日

Frank OceanやVampire Weekend作品で知られるBuddy Rossがプロデュースを手掛け、この世のものとは思えない鳥のさえずりが響き渡る「New Earth」で、Cass McCombsはこう歌っている。

 今日は新しい地球が生まれた日
 鳥たちもみんな元の姿に戻った


一聴するとハッピーなゴスペル・ソングのようなこの曲だが、歌詞をよく聞いてみると、ふとある疑問が湧いてくる。

 今日は地上で最後の日の次の日
 なんて素敵な日なんだろう!
 とても酷い一日の後で


もしかしたらこの曲の主人公は、もう死んでいるのかもしれない。

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[REVIEW] Kevin Morby - This Is A Photograph

409号室の客

 2020年の1月、カンザスのシンガー・ソングライターKevin Morbyが家族と食事している最中に父親が倒れ、病院に運び込まれるという出来事があった。奇跡的に回復したものの、その晩実家に戻ったKevinは父親が自分と同じ年齢だった頃の写真を見つけ、そこに写る逞しくて自信に満ち溢れた青年と、現在の年老いた父親の姿を比べて不安に駆られ、新作のタイトル曲である「This Is A Photograph」を書き始めたという。


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[REVIEW] Father John Misty - Chloë and the Next 20th Century

歴史は繰り返す

「何回同じ過ち繰り返すんだよ。人類かよ」というのは2021年の元旦に放送された『おもしろ荘』で優勝した芸人、ダイヤモンドによる秀逸なツッコミだが、「20世紀に戻ったみたいだ」なんて声が聞こえるようになって久しい昨今、Father John MistyことJosh Tillmanの新作のタイトルは、なんだか妙にしっくり来る。

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[REVIEW] 映画『アメリカン・ユートピア』



5月7日→28日に日本公開される映画『アメリカン・ユートピア』は、デイヴィッド・バーンの2018年のアルバム『アメリカン・ユートピア』を原案にしたブロードウェイ・ミュージカルを、『ドゥ・ザ・ライト・シング』などで知られるスパイク・リーが映画化したものだ。

ただしアルバムとミュージカルは、全く別物になっていると言っていい。アルバム『アメリカン・ユートピア』から演奏されるのは5曲のみで、トーキング・ヘッズ時代はもちろん、X-Press 2やファットボーイ・スリムのThe BPAセイント・ヴィンセントとのコラボレート曲を含むデイヴィッド・バーンのキャリアを俯瞰した選曲になっていることもあるが、理由はそれだけではない。

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[REVIEW] Sufjan Stevens - The Ascension


評価:
ASTHMATIC KITTY
(2020-10-2)

そのすべてにさよなら

余命幾ばくもないことを知った市役所の課長がひとりの女性と出会って仕事への情熱を取り戻し、住民の願いだった公園を完成させ、雪の日の夜、公園のブランコに揺られながら息を引き取る──ロシアの文豪トルストイの小説『イワン・イリッチの死』に着想を得た黒澤明監督の映画『生きる』(1952)のワンシーンによく似たSufjan Stevensの写真が、彼のニュー・アルバム『The Ascension』の歌詞ブックレットに掲載されている。そして本作もまた『生きる』と同じように、今年45歳を迎えた1975年生まれのSufjanが、自らの生と、そして死に向かい合った作品だ。

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[REVIEW] Khruangbin - Mordechai


評価:
DEAD OCEANS
(2020-06-26)

はばたけ、モルデカイ

ウェス・アンダーソン監督の2001年作『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』の劇中でルーク・ウィルソン演じるテネンバウム家の次男が飼っていた“モルデカイ”という名の鷹は、バラバラになってしまった家族の再生を暗喩する存在だった。その鷹は、止まっていた家族の時間を再び動かす存在のメタファーとして扱われていたように思う。

奇しくも、Khruangbinが2年ぶりにリリースした新作『Mordechai』のジャケットにも一匹の鷹が描かれているのだが、そもそも“モルデカイ”という(人)名は旧約聖書に登場する偉人に由来しており、それが"鳥"だとする言説は実はどこにもない。では一体この鷹はどこから来たのだろう――。

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